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新型コロナウイルスよりも怖いウイルスが来る!? これから「予測ウイルス学」が重要になる理由

2021年06月07日 公開
2023年05月24日 更新

宮沢孝幸(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)

宮沢孝幸

「予測ウイルス学」という感染症の研究分野がある――。

新型コロナウイルスの世界的蔓延によって、私たちは今、ウイルスの怖さを痛感させられている。だからこそ、次にどんなウイルスが来るのか?先手を打って研究を進めておくことが重要だという。

※本稿は、宮沢孝幸 著『京大 おどろきのウイルス学講義』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

 

「次」に備えるには、予測ウイルス学が重要になる

新興ウイルス感染症に対峙するためには、予測ウイルス学が重要ですが、果たして本当にできるのでしょうか? 実は新興ウイルス感染症が発生するかを「予測できるケース」と「予測できないケース」があります。

「予測できるケース」については、あらかじめ次に来そうなウイルスを研究して、備えておくことが可能となります。

「予測できないケース」に関しては、どのウイルスが次に来るかわからないので、多くのウイルス(非病原性ウイルスを含む)を広く浅く研究して、備えておくしかありません。

ここで1つ、「はしか」を例に、次に来るウイルスを予測してみましょう。

はしかを起こす麻疹ウイルスは、現在はワクチンによって制御されていますが、感染力が強く、流行しやすい感染症です。2016年に「空港で麻疹ウイルス感染者が見つかった」というニュースが流れました。感染したのはワクチンを打っていない人だろうと思います。

麻疹ウイルスの変異の速度を計算してさかのぼっていくと、いつごろ人に出現したのかを推測できます。計算の結果およそ紀元前6世紀であろうと計算されています。

ヨーロッパで牛疫ウイルス(ウシモルビリウイルス)の祖先ウイルスの感染が広がり、それが人に感染するようになって、麻疹ウイルスになったという説が有力です。

21世紀の現代では、麻疹ウイルスはワクチンによって制御されており、今後、ワクチンプログラムがさらに進んで、麻疹ウイルスは将来的にこの世から消えていくかもしれません(ちなみに牛疫ウイルスは根絶されています。人の手によって根絶されたウイルスは、天然痘ウイルスとこの牛疫ウイルスしかありません)。

しかし、麻疹ウイルスが消えたとしても、私たちは安全ではありません。次のウイルスがヒトの新興ウイルス感染症として控えているからです。麻疹ウイルス根絶のあとにやってくるのは、イヌジステンパーウイルス(イヌのモルビリウイルス)というものです。

イヌジステンパーウイルスは、麻疹ウイルスやウシモルビリウイルスと遺伝的に近縁です。近縁ですが、イヌジステンパーウイルスはもともとは食肉目(ネコ目)動物にしか感染しないと考えられてきました。

1990年代、イヌジステンパーウイルスに海生哺乳類(ネコ目イヌ亜目)が感染し、海生哺乳類を次々と死亡させたことで大きな問題となりました。アフリカのタンザニアのセレンゲティ国立公園のライオンも大量に死亡させています。

私たちの研究グループは、イヌジステンパーウイルスがイエネコ(一般に飼われている猫を「イエネコ」と呼びます)にも感染していることを突き止めました。イヌジステンパーウイルスは、ライオンにとっては死に至る病気を起こすウイルスですが、イエネコは感染しても病気にはなりませんでした。

 

イヌジステンンバーウイルスが変異すると危険?

このウイルスは日本国内の野生動物もかなり死なせています。山で死んでいたタヌキを調べると、イヌジステンパーウイルスに感染して死んでいたケースが出ています。

中国では、イヌジステンパーウイルスがアカゲザルに感染して、バタバタと死んでいきました。霊長類にまで感染するようになったというわけです。

国立感染症研究所の森川茂博士(現岡山理科大学教授)と竹田誠博士らの研究グループが、感染したサル(国内ではカニクイザル)のウイルスの変異を調べたところ、ウイルスの一番外側の特定の部分が変異してサルに感染するようになったことがわかりました。

さらに驚くべきことに、霊長類のサルに感染するようになったウイルスは、ヒトの細胞にも感染したのです。

このことから、地球上から麻疹ウイルスが消えたとしても安心はできない、ということがわかります。将来、イヌジステンパーウイルスが変異して新興モルビリウイルスとして人に感染する恐れがあるのです。

霊長類のサルがバタバタと死んでいったわけですから、人をも死に至らせるかもしれません。十分に警戒をする必要がありそうです。

現在、イヌジステンパーウイルスが人に感染しないのは、実は人が麻疹ウイルスに対して免疫をもっているからだと考えられています。

遺伝的にイヌジステンパーウイルスは麻疹ウイルスにかなり近縁なので、麻疹ウイルスに対する免疫がイヌジステンパーウイルスに対しても効いている可能性があります。

「次に人に来るのは、イヌジステンパーウイルス」といった予測をもとにすれば、イヌジステンパーウイルスを研究して、人への感染に備えておくことができます。これが予測ウイルス学です。

幸いにしてイヌジステンパーウイルスに対するワクチンは実用化されているので、イヌにワクチンを接種することで、ヒトへの感染リスクを減らすことができます。ただし、野生動物にもこのウイルスはすでに蔓延しているので、この世から消し去ることはできないでしょう。

 

新型コロナウイルスよりもっと怖いウイルスが来る?

獣医の私たちが、医学のウイルス学の教科書を見ると、「えーっ、人間に感染するウイルスって、こんなに少ないの?」という思いがします。お医者さんが勉強するウイルスの数は、獣医が勉強するウイルスに比べるとはるかに少ないのです。

それは考えてみれば当たり前の話で、動物の種ごとにウイルスがありますから、トータルすると非常に多くの動物のウイルスがあります。

その中には、変異してヒトに感染するようになったらパニックになりそうな、恐ろしいウイルスがいくつもあります。今のところ人に感染することはありませんが、今後に備えるために、どのようなウイルスがあるかを見ておきましょう。

ネコが下痢を起こしたり、汎白血球減少症を起こしたりするネコパルボウイルスというものがあります。感染力が強く、致死性の高い病気を引き起こします。

中国ではネコパルボウイルスが変異してアカゲザルやカニクイザルに感染して、百頭以上も死亡しました。私たちの研究チームも、普段、パルボウイルスを扱っていますから、「大変なことになるかもしれない」と危惧しました。ウイルスを入手して研究をしたかったのですが、情報すら入ってきません。

なぜ情報が入らないかというと、中国人民解放軍の関連施設のサルの感染だったのです。どういう変異が起こってサルに感染したのか、そのサルに感染したウイルスがヒトにも感染するのか、まったくわかりません。このウイルスは中国しかもっていないため、詳しく調べることができませんでした。結局、中国から論文が1報出ただけで終わってしまいました。

それでも、ネコパルボウイルスがネコだけの問題ではなく、霊長類にも感染する例があることはわかりました。ネコパルボウイルスも警戒しておかなければなりません。

予測ウイルス学は、野生動物が大量に死亡したときに原因となったウイルスを研究して、そこからヒトへの感染を予測して、警戒するというものです。サルなどの霊長類に感染した例が出てきたときには、「ヒトにも感染するかもしれない」と考えて、特に警戒を強める必要があります。

 

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