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米国に蔓延る「アジアンヘイト」の歴史的な爪痕

2021年06月25日 公開

三牧聖子(高崎経済大学経済学部国際学科准教授)

三牧聖子

米国を中心に、アジア系住民に対するヘイトクライムが増加している。なかでも女性が被害の対象となることが多いが、そこには米国における戦争と植民地という歴史的背景があった――。高崎経済大学准教授で米国政治に詳しい三牧聖子氏が、米国が抱える差別の爪痕について考察する。

※本稿は『Voice』2021年7⽉号より⼀部抜粋・編集したものです。

 

アトランタ銃撃事件が突きつけたもの

新型コロナ感染が米国で拡大していった2020年3月ごろから、アジア系住民に対する暴力や憎悪犯罪が激増している。

カリフォルニア州立大学「憎悪・過激主義研究センター」がニューヨークなど全米16の大都市で調査を行なったところ、2020年のアジア系市民に対する憎悪犯罪とみられる事件の発生件数は前年比1.5倍に達した。また、暴力の多くは女性に向けられている。

市民団体「Stop AAPI Hate」によれば、2020年3月19日から2021月2月28日までに3795件のアジア系への憎悪犯罪が報告され、そのうち、女性の被害者は男性の2.3倍だった。

アジア系に対する差別や暴力が増加した原因の一端は、ドナルド・トランプ前大統領にある。トランプは新型コロナウイルスを、その発生源とみられている「中国ウイルス」「武漢ウイルス」と呼び、人びとの不満や敵意が政権ではなく、中国に向かうように仕向けた。

2020年3月にトランプが新型コロナを「中国ウイルス」とツイートした際には、反アジア的なハッシュタグを含むツイートが激増し、アジア系住民への暴力事件が多発した。

しかし、アジア系への暴力は、トランプが大統領の座から退いたあとも収まる気配を見せていない。また、女性が多く暴力の犠牲者となっている理由も、一般的に、男性よりも小柄で、襲いやすいという理由だけでは理解しがたいものがある。なぜ、アジア系の女性が暴力にさらされるのか。

この問題をあらためて突きつける凄惨な事件が今年3月に起こった。ジョージア州アトランタでアジア系住民が働くマッサージ店3カ所が銃撃され、アジア系女性6名を含む8名が殺害されたのである。

悲劇はここで終わらない。事件を起こしたロバート・ロングは「性依存症のため、誘惑の源を排除するために襲った」と供述し、人種は動機になかったと主張した。

捜査に当たったジェイ・ベイカー警部は記者会見で、ロングの供述をそのまま受け入れ、人種に基づく憎悪犯罪の可能性に否定的な見方を示し、さらには、容疑者は「本当にひどい一日を送っていた」と犯人に同情する素振りすら見せた。

なお、ベイカーは過去に「コロナは中国からの輸入品」と書かれたTシャツを購入し、SNSに投稿をしていたことから、アジア系に差別意識をもっているのではないかと疑問視され、事件の担当から外された。

ジョージア州の人口に占めるアジア人の割合は4%ほどで、犯人は、最初の犯行現場から、次の犯行現場まで、アジア系女性が働く店舗を探して、車で27マイルも移動した。犯人は、明らかな風俗店もあるなか、あえてアジア系女性が働くマッサージ店を狙っている。

犯罪が人種的なミソジニー(女性嫌悪)に基づくものであったことはほぼ疑いない。5月11日、地元検察は、犯行は人種や国籍、性別に基づくものだったと判断し、憎悪犯罪の適用と死刑を求める方針を示した。

ロングやベイカーの言動は、歴史的にアジア系女性に向けられてきた人種差別的なミソジニーが今日の米国にもたしかに息づいていることを証明している。

アジア系女性への性的偏見が入り混じった差別の歴史は、100年以上も前に遡る。1882年、中国からの移民労働者の入国を禁止する中国人排斥法が成立するが、これに先立つ1875年にも、中国人移民に関わる一つの法律が成立していた。

「中国や日本や、その他のあらゆる東洋の国」の女性が、「わいせつでふしだらな目的」で米国に入国することを禁ずるページ法(Page Act)である。

同法が主たるターゲットとして想定していたのは、中国人女性だった。法律は、入国しようとする女性に「自分が売春婦ではない」ことを証明することを求めたが、その証明は著しく困難であった。女性たちは、入国に際し、売春婦であるかどうかの屈辱的な尋問にも耐え忍ばなければならなかった。

この法律は、アジア系女性は、貞操がなく不潔で、米国に不道徳や性病をもち込むという偏見を助長した。さまざまな国から移民女性が渡ってくる中、アジア系のみが危険視され、入国を禁じられた。法律の背景に人種的な偏見があったことは明らかだった。

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