Voice » 政治・外交 » 米国に蔓延る「アジアンヘイト」の歴史的な爪痕

米国に蔓延る「アジアンヘイト」の歴史的な爪痕

2021年06月25日 公開
2021年07月05日 更新

三牧聖子(高崎経済大学経済学部国際学科准教授)

 

戦争と植民地の爪痕

今日の米国におけるアジア系女性への差別と暴力を理解するには、20世紀を通じて米国がアジアで遂行した戦争を考えないわけにはいかない。戦地や占領地で、現地の女性たちは、米兵が望むままにその性的な欲求を満たす従属的な役割を強いられ、人間としての尊厳を奪われた。

その歴史は20世紀転換期にまで遡る。米西戦争(1898年)でスペインに勝利した米国は、フィリピンを植民地とした。フィリピンの女性たちは、人種的に劣った存在と見なされ、米兵が自分の妻や恋人には決して求めないような、非人間的で過酷なセックスを要求された。

1945年、日本の植民地支配から解放された朝鮮半島に米軍が進駐し、朝鮮戦争(1950-53)は、何十万人もの孤児や未亡人を生み出した。家も仕事もない状況に追い込まれた韓国人女性たちは、韓国に置かれた米軍基地を囲む「キャンプタウン」で、米兵相手の売春に従事した。

1970年代、米軍がアジアにおける軍事プレゼンスを縮小させていくなか、「キャンプタウン」で米兵を客としていた店は、セックスワーカーを米国内の基地に送り込むようになる。

米国内で基地は南部に集中しており、フォート・ブラッグ(ノースカロライナ州)やフォート・フッド(テキサス州)などの基地周辺で売春が盛んに行なわれた。

1965年にベトナム戦争に米国が本格的に介入して以降、ベトナム人女性への性暴力は日常的に行われた。さらに米兵には、ベトナム以外の場所で過ごす「休息と娯楽(R&R)」期間が与えられ、バンコク、ハワイ、クアラルンプール、ペナン、マニラ、ソウル、東京などで、米兵は買春に興じた。

とくに人気の行き先だったのはタイで、1966年から69年のあいだに7万人もの米兵がタイにR&R目的で訪れた。それから数十年経ったいまも、タイは買春目的の男性たちの人気の旅行先である。

タイをはじめ、今日のアジアで興隆するセックス・ツーリズムは、米国の植民地主義と戦争、軍事プレゼンスの歴史と密接に関わっている。

メディアや娯楽も、男性に性的に奉仕し、征服される存在というアジア系女性への偏見を助長してきた。

ベトナム戦争を舞台にしたスタンリー・キューブリック監督の映画『フルメタル・ジャケット』(1987)には、ベトナム人の娼婦が、カタコトの英語で「me so horny, me love you long time(私はとても興奮している。長くセックスしてあげる)」と米兵を誘うシーンが盛り込まれている。

最も成功したミュージカルの一つ『ミス・サイゴン』に登場するベトナム人女性たちは皆、売春婦であり、ベトナム人女性の主人公は一途に白人男性を慕い、生まれた子どもを育てるが、結局、白人男性は白人女性と結婚し、主人公は自殺する。

こうしたアジア系女性への偏見やステレオタイプは、現実の人間関係にもたしかに作用している。「ドメスティック・バイオレンスを終わらせるための全国組織(National Network to End Domestic Violence)」によると、アジア系の女性は、他の人種集団より、パートナーによる暴力にさらされやすく、適切なサポートへのアクセスを得られる割合も低い。

 

Voice 購入

2024年5月号

Voice 2024年5月号

発売日:2024年04月06日
価格(税込):880円

関連記事

編集部のおすすめ

事態はより深刻に…「米中冷戦」の背景にある“中国の宗教問題”

茂木誠(駿台予備学校世界史科講師)

収容所に響き渡る“女性の悲鳴”…悪化する「ウイグル人権問題」の実態

福島香織(ジャーナリスト)
×