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原因は「歪んだ自己効力感」?…日本人が他人へ与える“圧力”に鈍感の謎

2021年07月19日 公開

太田肇(同志社大学政策学部教授)

太田肇

同調圧力を被害者の面から考えるだけでなく、「かける側」から考察することも、また重要だ。そこでわかるのは、私たちは、同調圧力を受けることには敏感でも、加えるのに無自覚であることだ。

なぜ、そうなってしまうのか?同志社大学教授の太田肇氏は、こう指摘する。

※本稿は、太田肇 著『同調圧力の正体』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

ヨコの圧力に無防備な社会

「大衆型同調圧力」は、「草の根」的な性質ゆえに私たちの日常生活の隅々にまで入り込む。そのうえヨコの関係は本来、仲間どうしであるはずなので当人にとってはいっそう耐えがたい。

憲法上の人権保障にしても、パワハラの防止にしても人権侵害は基本的に上下関係(権力関係)の中で生じることを想定しているので、ヨコ方向の圧力に対する保障は手薄である。

しかも日本では、会社の仕事や学校行事にしても集団単位で行う機会が多く、連帯責任の慣習もいまだに残っている。そのためヨコ方向の圧力を受けやすい。

さらに、そこへSNSという新たな情報媒体が登場し、個人が圧力にさらされる危険性は以前より格段に増している。にもかかわらず、私たちはそれに抵抗する論理も手段もまだ持ち合わせていないのが現状だ。

絶対的な「正義」と目されていても、視点を変えると別の側面がみえたり、異なる「正義」どうしがぶつかり合ったりすることがある。それによって絶対的な正義だと信じられていたものが実はそうではないとか、正義を実現する方法が一つではないことに気づく場合がある。そうした過程を経て、「正義」の内容が深められ、洗練されていく。

逆に「正義」への異論や反論を抑圧することは、「不正義」の潜在化を招きかねない。一見解決したようでも不満は水面下でくすぶり続け、いつか屈折した形であらわれる恐れがある。少数意見や異論を受け入れるようになることが、成熟した社会へ移行するための課題だろう。

いま社会のフラット化が進み、私たちはタテの圧力から解放されようとしている。本来なら個人が主役になるチャンスである。にもかかわらず自縄自縛ともいえる状況に陥っている現実がそこにあるのだ。

「フラットな社会」に潜む危険――。フラットだからこそ互いに平等だという意識がいっそう強くなる。またコロナ禍のような環境下では社会的にも、組織の中でも人びとが閉塞感に覆われ、いっそう「ゼロサム」構造が鮮明になる。そして関心が内に向かう。

以下ではコロナ禍のもとで世間の話題となった問題をとおして、この点を浮き彫りにしてみたい。

 

「コロナより怖い」世間の目

ふだんはいくら自分を飾って良くみせていても、追いつめられたら人はその正体をあらわす。社会も同じで、窮地に陥ったときにほんとうの姿をさらけ出す。

コロナ禍で飲食店の営業や他県への移動、不要不急の外出を政府や自治体が自粛するよう呼びかけるなか、営業を続けた店に「オミセシメロ」「さっさと潰れろ」と貼り紙をしたり、県外ナンバーの車に傷をつけたり、公園で遊んでいる子をみつけて警察へ通報する行為が報じられた。

事柄の性格上、流行語大賞には選ばれなかったが、その裏バージョンがあれば「自粛警察」はおそらく2020年の大賞に選ばれていただろう。

コロナ感染者への非難や攻撃もあいつぎ、ある県では最初の感染者を出した家族が一家で引っ越す羽目になり、児童が感染した学校の教師は住民から石を投げられたという。多くの人は「コロナの感染より誹謗中傷のほうが怖い」と口にする。

朝日新聞社が実施した調査でも、「新型コロナに感染したら、健康不安より近所や職場など世間の目の方が心配」という気持ちに「とてもあてはまる」または「ややあてはまる」と答えた人が67%を占めた。

しかも新型コロナウィルスに感染して重症化する不安を(大いにまたはある程度)感じると答えた人でさえ66%が「世間の目の方が心配」と答えている。(注7)

コロナ禍のもとにおけるマスク着用率の高さについても、実際の必要性より世間の目が強く働いている。

第一次緊急事態宣言発出前の2020年の3月下旬、政府が不要不急の外出自粛を呼びかけた時期に、心理学者の中谷内一也らはマスクを着用する理由についてインターネットで調査を行った。その結果、「同調」がダントツに多く、「自分の感染防止」や「他者への感染防止」などはわずかであった。(注8)

やはり日本人は、コロナ禍のもとでも世間の目を強く意識しながら行動していることが読み取れる。

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