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「『竜とそばかすの姫』は駄作ではない」と断言できる、巧みな“仕掛け”

2021年08月18日 公開

伊藤弘了(映画研究者)

 

欠損としての「U」

『竜とそばかすの姫』にはこのような「U」のイメージが繰り返し出てきます。

映画の序盤のシーンですずが手にもつマグカップは縁が欠けています。その欠けた部分の形は「U」と「V」の中間のように見えます。

マグカップが床に落ちて欠ける瞬間は、すずの母親が亡くなった当時を回想するシーンのなかに出てきます。このことから、縁の欠けたマグカップが母の死を象徴していることがわかります。もっと踏み込んで「母の死によって生じたすずの心の穴」と言ってしまってもいいかもしれません。

「欠損」のイメージは、すずの家で飼っている犬の前足へと連鎖します。犬は右の前足の先が欠けているのです。

「もう一つの現実」「もう一人のあなた」「新しい人生」を謳う「U」の世界は、一見ポジティブな意味合いで満たされた完璧な空間であるかに見えますが、上方が開けた格好をしている「U」の文字からは、こうした欠損のイメージが導かれます。

つまり、劇中にあらわれる「U」は両義的なイメージをまとっているということです。

 

両義的な「U」のイメージ

「U」の両義性を最もよくあらわしているのが、すずの顔です。映画のタイトルにもなっている「そばかす」もここに関係してきます。

すずはそばかすのある女の子です。さらにその顔をよく見ると、目元には三日月型に見えなくもない隈のような陰影がつねに描かれています【図3】。この目元の陰影はすずだけに与えられたもので、ほかのキャラクターの顔には見られません(*4)。

伊藤弘了、細田守監督 『竜とそばかすの姫』
【図3】「『竜とそばかすの姫』予告」(YouTube、『スタジオ地図/STUDIOCHIZU』、https://www.youtube.com/watch?v=IYo8jI9Nirg[最終閲覧日:2021年7月20日])

「U」の世界のすずは「ベル」という美しいアバター(「AS」)をまとっています。ベルの見た目は「おひさまみたいにみんな集まってくる」(*5)同級生のルカによく似ているのですが、目元にはそばかすが反映されており、その一点においてすずのアバターであることが担保されています。

現実世界で「月」の立場に甘んじているすずが、「U」の世界で太陽のような存在として注目を集めているわけで、この反転は設定上の妙と言えるでしょう。

さて、ここで注目したいのは「ベル」の目元に反映されたそばかすです。まばらに散ったすずのそばかすとは違って、ベルのそれは規則的に一列に並んでいます【図4】。緩やかな弧を描くその文様は、まるで「U」の世界に浮かぶ三日月のようであり、そこから連想される「U」の文字のようでもあります。

伊藤弘了、細田守監督 『竜とそばかすの姫』
【図4】「『竜とそばかすの姫』予告」(YouTube、『スタジオ地図/STUDIOCHIZU』、https://www.youtube.com/watch?v=IYo8jI9Nirg[最終閲覧日:2021年7月20日])

そうなると、ベルのそばかすはすずのそばかすの反映であると同時に、目元に浮かぶ三日月型の影の反映でもあるように思われます。実際、ベルの顔には、一列に並んだそばかすの下に、それと相似形をなす白のラインが入っています。この二重化された月=Uのイメージが現実のすずと「U」のベルを結びつけているのです。

「U」のキャッチフレーズにあるように「U」と「You」は互いを反映し合い、現実と仮想空間のすべて(everything)を包含するわけですね。

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「竜」に刻まれた「U」 >

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