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知性ある頭のいい人もQアノンに…「荒唐無稽な陰謀論」はなぜ拡散が続くのか?

2021年09月09日 公開

サミュエル・ウーリー(聞き手:大野和基)

サミュエル・ウーリー

「Qアノン」が吹聴するような陰謀論が広がる風潮は、コロナ禍に突入してからさらに勢いをつけている。ただ、サミュエル・ウーリー氏が述べるように、アメリカ社会の奥底にはつねに反知性主義が流れていることを知っていると、この現象も理解できてくる――。

※本稿は、大野和基インタビュー・編『自由の奪還』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

アメリカ政治を揺るがす「Qアノン」の正体

――最近、アメリカ政治を揺るがしているといわれる組織「Qアノン」についてお聞きしたい。「Qアノン」は集団ですか?彼らの目的は何ですか?

【ウーリー】よくある陰謀論と同じで、アメリカ政府に内部情報に通じた「Q」という人物がいるとする陰謀論、またその信奉者たちを指します。まさに現実の錯覚というほかありません。少し考えればわかることですが、何の実証にも事実にも基づいておらず、憶測以外の何物でもありませんから。

――さまざまな陰謀論を唱えているようですが、どのようなものなのでしょうか。

【ウーリー】この世界には「ディープ・ステート」(闇の国)というものがあり、まったくの自己利益のために国民をコントロールする「大きな政府」を築こうとしている民主党員によって運営されているという。

真に恐るべきことに「児童虐待と性的搾取を行なっている国際的なネットワークが存在し、民主党の政治家たちはその一員だ」とか、「民主党員は人喰い人種だ」などと主張しています。

2016年の大統領選期間中に広まったピザゲート(民主党のヒラリー・クリントンに関する陰謀論)など、多くの陰謀論と深いかかわりがあります。これらの陰謀論は民主党の中傷、そしてアメリカ社会の奥底ですでにくすぶっていた猜疑の火種を燃え上がらせる目的で流されたとみられます。

アメリカは多くの人の間で二極化しており、また社会の奥底には反知性主義がつねに流れていますが、インターネットがそのような陰謀論を拡散するのに加担した形になりました。非常に有害な考え方ですが、最初は社会の末端から出てきたものです。

それがいまや、私の大学時代の友人でさえも「Qアノン」に関連する内容にハッシュタグをつけて、共有するほど主流になってきました。彼女はとても頭がいい人で、結婚して子どももいますが、そういう人が「Qアノン」に惹かれているのです。

 

少しずつ陰謀論を信じ込ませていく手法

――そもそも、そうした荒唐無稽な陰謀論がなぜ広まるのでしょうか。

【ウーリー】「Qアノン」の裏に誰がいるのか知りませんが、彼らは幅広い分野に当てはまりそうなコンテンツと論説を考えて使います。個人的には、理にかなった戦略だと思います。

たとえば彼らは“SavetheChildren”(子どもを救え)というハッシュタグを使うのですが、ほとんどの人はそれを見たとき、イギリスの非営利団体「セーブ・ザ・チルドレン」を思い浮かべる。

でも「Qアノン」のコンテンツを拡散する人は、往々にして児童誘拐など、誰もが問題にすべきと信じるような大問題を種にして、それをより一般化するように仕向けます。

毒に対する耐性を少しずつ増していくようなものです。一回に少量の毒を飲み、それを続けると、最終的にその毒はあなたにとって毒ではなくなる。耐性ができるからです。「Qアノン」のやり方も同じようなものです。少しずつ陰謀論を信じ込ませていく。

――とても計算された手法を用いているわけですね。

【ウーリー】アメリカでは、制度や教育や医学、ジャーナリズムに対する深い不信感が、ここ数年でさらに高まっています。トランプが大統領になる前からそうした傾向は一つの要素としてありましたが、彼が大統領に就任すると、ジャーナリズムをひどく嫌い、学者たちは本当はバカであるとか「ディープ・ステート」の代弁者であると述べることが公式に承認されたのです。

――「Qアノン」は表面上、真っ当なテーマにハッシュタグをつけ、拡散しているとのことですが、それをアメリカ政府が規制することは可能でしょうか。

【ウーリー】それは非常に難しい。アメリカ政府、ひいてはアメリカという国が「言論の自由」に心酔しているからです。それは正しくもあり、問題でもある。

政府は、とりわけオンライン空間の規制には腰が重いように見えます。テレビ、ラジオなどには規制をかけていますが、インターネットの規制には渋ってきた。私にはこう思えてなりません。つまり、アメリカ政府はオンライン空間をきちんと理解していないのです。

その大きさ、複雑さにおじけづいている。アメリカ政府がオンライン空間を規制することができるとしたら、具体的な危害が生じる場合だと思います。

――たとえば、どんなときでしょうか。

【ウーリー】「Qアノン」は反ワクチンや反医療といったディスインフォメーションを拡散していますが、それで実害を受ける人の数は計り知れません。こういう有害な情報拡散への対策を講じるべきでしょう。

保護対象グループへの攻撃、たとえば黒人(アフリカ系アメリカ人)やユダヤ人、ムスリムを攻撃する人種差別的内容とか、暴力を駆り立てるような内容にも同じことがいえます。

――かなり特定的なケースの場合ですね。

【ウーリー】そうです。でなければ規制できません。ナチスを経験したドイツでは言論規制に積極的ですが、アメリカは違いますから。

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