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『007』のモデルとなった二重スパイ...予告した“真珠湾攻撃”を米軍が聞き流したワケ

2021年10月19日 公開

岡部伸(産経新聞論説委員、前ロンドン支局長)

岡部伸

日本による真珠湾攻撃を正確に予告していたスパイがいた――。映画『007』のジェームズ・ボンドのモデルになったドゥシュコ・ポポフである。

そして米英は、彼から事前にこの重大情報を入手していた。なのに、なぜアメリカは奇襲攻撃を許してしまったのか?

※本稿は、岡部伸著『第二次大戦、諜報戦秘史』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

ジェームズ・ボンドのモデルの一人

映画『007』シリーズに登場する華麗なるスパイ、ジェームズ・ボンドのモデルとなったスパイは数多く実在するが、原作者のイアン・フレミングが最もイメージを膨らませた人物が第二次世界大戦中、ドイツとイギリスの「二重スパイ」だったセルビア人実業家でコードネーム「トライシクル(三輪車)」、本名ドゥシュコ・ポポフだった。ジェームズ・ボンドのイメージどおりのプレイボーイであったとされる。

ドイツのスパイを装ってアメリカに派遣されたポポフが、1941年12月8日の真珠湾攻撃を米FBI(連邦捜査局)に予告していたことは、インテリジェンス(諜報・情報活動)の歴史ではよく知られた話だが、実際にこの予告情報をイギリスの通称MI5(情報局保安部)が把握していたことを示す秘密文書が英国立公文書館にある。

イギリスのインテリジェンスに詳しい英「タイムズ」紙のコラムニスト、副主筆で作家のベン・マッキンタイアーは、著書『英国二重スパイ・システム』(中央公論新社)で、「MI5の防諜担当部署はBセクションと呼ばれ、そのトップを、内気でチェロを弾くのが趣味のスパイ・ハンター、ガイ・リデル(副長官、筆者注)が務めていた。

リデルは膨大な量の日記を残しており、それを読むと、この驚くべき秘密機関が戦時中に行なった活動の実態を非常に詳しく知ることができる」と書いている。

この「リデル日記」が英国立公文書館で公開されているのである。それによると、リデル副長官は、真珠湾攻撃後の1941年12月17日付の日記で、ポポフがドイツの情報機関からアメリカに派遣される際、真珠湾の軍施設や米艦隊の状況を偵察する指示を受けた「トライシクルの質問状」(調査リスト)が「いま、われわれ(MI5)の手元にある」と記していた。

「トライシクルの質問状」はいま、われわれ(MI5)の手元にある。これは8月にドイツ人たちが真珠湾について特別に関心を示し、可能なかぎりのあらゆる情報を入手したがっていたことをきわめて明瞭に示している。

リデル副長官が真珠湾攻撃からわずか9日後の日記に「トライシクルの質問状」(以下、「質問状」)と書いているのは、じつはトライシクル(ポポフ)からの警告が事前にMI5に伝えられていたことを物語っている。「われわれの手元にある」と記されているように、MI5は真珠湾攻撃の前にそれを入手し、分析していた。にもかかわらず、ポポフの予告どおりに日本軍の奇襲を許してしまったことへの悔恨の念を表しているように思えるのだ。

 

王室から叙勲を受けた「二重スパイ」

ポポフが生まれたのは、1912年、バルカン半島の旧ユーゴスラビアに属したセルビアの裕福な家庭だった。ドイツの大学を卒業後、弁護士となったものの第二次世界大戦が勃発。1940年、大学の級友に勧誘され、ドイツのアプヴェールのスパイとなった。

しかし、ナチス嫌いだったため、そのことをイギリスの外務省管轄の通称MI6(秘密情報部)に秘かに打ち明けたところ、イギリス内で外国スパイや共産主義者の摘発など、カウンター・インテリジェンス(防諜)を行なう内務省管轄の情報機関、MI6の所属になった。ポポフは、ドイツのスパイのふりをしながら、裏ではより忠誠を誓ったイギリスに情報を流す「二重スパイ」になったのである。

大戦中にイギリス海軍情報部に勤務していた『007』シリーズの原作者、イアン・フレミングはじつはポポフの監視役であった。パリのカジノでボンドが活躍する第一作『カジノ・ロワイヤル』は、ポポフがポルトガルの首都リスボンのカジノで名を馳せたエピソードをモチーフに執筆したとされている。

大戦が勃発すると、イギリスは国内に潜入していたドイツ人のスパイの身柄を拘束し、処刑を免除する代わりに転向させて敵を欺く「二重スパイ」として活用するための組織をMI5に新設した。

その名を「裏切り」を意味する「ダブル・クロス・システム」と名づけ、「リデルのBセクションの下部組織として新たにB1Aが設立され、ター・ロバートソンがそのトップに就いた」(『英国二重スパイ・システム』)。そして、その活動を監督する極秘組織として、1941年1月、「20(XX:ダブルクロス)委員会」を設立。ドイツ側から寝返らせ、養成した約40人の「二重スパイ」を使って偽情報を送り、ドイツ軍を混乱させた。

とりわけ1944年6月6日、連合軍が、ドイツ占領下のノルマンディー上陸作戦を行なうに際して、ポポフは「上陸はノルマンディーではなく、パ・ド・カレーである」との偽情報を流す戦略的欺瞞作戦(フォーティテュード作戦)を成功に導いた

このほかにもポポフは、ドイツのロケット開発と攻撃情報をイギリスに伝えた、ドイツ側の極秘連絡手段であった「マイクロドット(超高細密のマイクロフィルム)」の存在を英米両国にいち早く知らせた――などの功績があった。このため大戦終了時にイギリス国籍を得て、名門ホテルのリッツでイギリス王室から勲章を受けている。

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