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苦境を強いられた飲食店...それでも憲法学者が「経済的自由を軽視」する理由

2021年10月23日 公開

谷口功一(東京都立大学法学部教授)&三浦瑠麗(国際政治学者)

 

経済的自由を軽視する憲法学者

【三浦】谷口さんは「『夜の街』の憲法論」で、営業の自由を含む経済的自由がなぜ精神的自由よりも劣位に置かれるのかというきわめて重要な点を指摘されています。

私の率直な感想は、「この問題を正面から提起する知識人がやっと現れた」というものでした。飲食業を営む人びとがかねてより抱いていた違和感ですが、大学人、とりわけ法学者は等閑視してきた。

そもそも精神的自由は、経済的自立が担保されてはじめて獲得できるものです。たとえば、まだ稼ぎのない学生が親に反抗しようとしても、学費を払ってもらっている以上は限界があるように。

コロナ禍でも以前と変わらぬ給料を当たり前のように受け取ることができる永田町や霞が関の人びとが、日銭の積み上げで経済的自由を確立している人びとの運命を決めています。その判断を後押しするメディアや大学人も同じような立場ですが、傲慢なことにその自覚がない。

もちろん職業選択の自由がある以上、飲食業を選んだのは自己責任という反論はあるでしょう。でも、たとえば大企業と中小企業における労働者の待遇の違いや男女差別など、環境や属性に伴う不平等、権利の抑圧については、多くの学者やメディアが問題視してきました。

にもかかわらず、飲食店に対してのみ「自分で選んだ仕事なのだから、我慢するのは当然」とする態度や空気は、いかにもおかしい。

【谷口】そのとおりですね。じつは私は「『夜の街』の憲法論」を発表するにあたり、2つの勢力からの反論を覚悟していました。

1つは、いわずもがな憲法学者です。ところが、経済的自由と精神的自由に関する部分で名前を挙げた長谷部恭男さん(東京大学名誉教授)からは現時点では何の反応もなく、彼と考えの近い憲法学者からもとくに反論はありませんでした。

むしろ一部の若手憲法学者から、「頭を殴られたような気分でした」と賛同する意見があったと聞いています。

【三浦】それは谷口さんに痛いところを突かれて、黙るしかなかったのでしょう。長谷部さん門下の木村草太さんは、国民はコロナの感染対策にコンセンサスを示しているから、「公共の福祉」概念の解釈で飲食店の制限も正当化されうるという認識でした。

【谷口】彼は憲法改正をせずとも、通常の法改正や解釈によって感染症対策を目的とした自由の制限も認められる、とする立場ですからね。しかし、法的根拠が希薄な状態のまま個人の自由を制限するのは、それこそ立憲主義に反するといわざるをえない。

【三浦】はい。安全保障を研究する私のような立場からすれば、たとえ安保政策に関して国民のあいだに一定のコンセンサスが形成されたとしても、現実に法解釈を変えるのはそうとう難しいと痛感しています。

憲法学者の多くが、飲食店を営む人びとの財産を奪っても当然とする立場をとるのは、根本的に経済的自由というものを軽視している節があると映りますね。

 

女性問題に関する“魂なき言論”

【谷口】もう1つ、私の論考に反論してくると想定していたのは、ジェンダー平等を訴える人たちです。

というのも私は論考のなかで、大手リベラル系の新聞社が今年の憲法記念日に、苦境に喘ぐ飲食店の「営業の自由」が制限される状況をよそに、夫婦別姓や男女平等の記事を前面に押し出す姿勢を問題視したからです。

ところが蓋を開けると、ジェンダー・セクシュアリティ論者からのリアクションも一切ありませんでした。憲法学者にしてもジェンダー論者にしても、自分たちの都合の悪い議論に対しては沈黙を貫くものだと痛感し、ますます信用が遠のいた思いです。

【三浦】まあ、相手が立派すぎたのでしょう。ただ、コロナにはフェミニズムが取り上げるべき問題がたくさんあることも確かです。女性の非正規労働者が厳しい立場に置かれている事実や、家庭内暴力の増加など。

【谷口】そのとおりで、とりわけ若い女性にしわ寄せが及んでいます。警察庁と厚生労働省の資料によれば、コロナ下が始まった2020年の女性の自殺者数は約7000人で、前年より900人ほど増えているという。1割以上の増加率ですから、尋常ではありません。

【三浦】憲法記念日の特集には私も違和感がありました。日ごろから憲法に関してリベラルな立場を貫いてきた人びとが要求する私権制限のせいで、憲法上の権利が根本から侵されていることにはだんまりで、あれはおかしいんじゃないかと。

本当に女性問題に関心があるんだろうか、とさえ思いますね。魂なき言論というか、一つのムーブメントとして「利用価値」があるから取り上げているにすぎないようにみえてしまう。

女性の権利について訴えながら、経済の観点を軽視することで、皮肉にも女性の首を絞めている現実に気づいていない、あるいはみてみぬふりをしているように。

※なお、本文中に登場する「スナック研究会」は、2021年8月より、サントリー文化財団からの新規の研究助成を受け「コロナ下の『夜の街』のゆくえ」という研究題目のもと、「夜のまち研究会」として再スタートを切りました。

 

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