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なぜ「アイドル文化のなかった欧米」でも? BTSが圧倒的な人気を獲得した理由

2021年11月28日 公開
2022年02月03日 更新

ホン・ソクキョン(ソウル大学教授)

韓国

東アジアのエンタメシーンを席巻している男性アイドルグループ、BTS(防弾少年団)。従来アイドル文化が根付いていなかった欧米で、なぜ彼らは熱狂的な人気を獲得したのか。その背景にはK-POP独自の二つの戦略があった。ソウル大学校教授で、K-POP研究の第一人者であるホン・ソクキョン教授に聞く。(取材・構成:筧真帆)

※本稿は、Voice編集部編『東アジアが変える未来』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

 

トランスメディアを駆使したストーリーテリング

――BTSは韓国より先に海外でファンが付いたそうですね。教授がご著書『BTSオン・ザ・ロード』の中でも挙げている、「トランスメディア」や「ファンダム(熱心なファンによって形成された文化、コミュニティ)」が、海外でも大きく作用したと言えるのでしょうか。それぞれの解説と合わせてお伺いしたいです。

【ホン】まずトランスメディア戦略とは、北米の文化産業が発展させたもので、2000年代にコミックの分野で生まれた手法であり、産業のデジタル化と大きく繋がっています。

アニメや映画が制作される時、原作の漫画そのままに描かれるのではなく、そのアイデンティティを維持しつつ、主人公のストーリーの前後、また主人公が他のコミックのヒーローに出会って展開されるストーリー等に"変形・拡大"され、アニメーションや、映画、テレビシリーズなど多様なメディアとプラットフォームに広がっていきます。

これが「トランスメディア」です。北米では既にこうした戦略が多く、『スター・ウォーズ』がその代表的なケースで、最近だとマーベル作品などがそうですね。

――様々なメディアを跨ぐ「クロスメディア」は日本でも一般的ですが、「トランスメディア」は、作品に関連する様々な要素を、様々なメディア等へちりばめるということですね。

【ホン】クロスメディアは、原作の物語を脚色して他の媒体へ持っていく形式です。対してトランスメディアは、原作をさらに"変形・拡大"させ、話がどんどん豊かになる。これが可能なのは観客が一人ではないからです。この手法をとると、ファン同士のコミュニケーションが非常に盛り上がるんですね。

「あの展開はどう理解すればいいの?」「あの要素は何のこと?」と、観客たちが積極的にオンライン上で多彩なサーチをしながら楽しむようになります。作品を見れば見るほど新たな疑問が生まれ、さらにその世界を知りたくなる。

まさにこれが、文化産業戦略と積極的なオンラインコミュニティが出会って生み出されたトランスメディアの世界です。BTSはこのトランスメディア戦略をK-POP界でもいち早く活用し、その楽しみ方に慣れ親しんでいる欧米の人々には自然と受け入れられました。

――では、BTSはトランスメディアをどのように取り入れたのでしょうか。また、BTSの他にトランスメディアを取り入れたK-POPグループは存在するのでしょうか。

【ホン】BTSの2年前にデビューしたEXO(エクソ)の場合も、独特のアイデンティティを持っています。これまでさまざまな方面で、"EXOユニバース"を築きながらトランスメディアを試みており、現在も続いています。ただ"EXOユニバース"のほとんどがファンタジー系やSF的です。

BTSのトランスメディアの特徴は、MVのストーリーや楽曲の歌詞で語られる架空の世界と、現実の世界が相互に影響を及ぼす、7人の友人の物語です。

詳しくは『BTSオン・ザ・ロード』に記しましたが、お互いに違う悩みを抱えている7人...例えば、あるメンバーは自殺願望にかられ、あるメンバーは貧しい生活、などの各々のストーリーを持ち(フィクションの顔)、アルバムを通して継続していきます。

またBTSメンバーとしての7人のアイデンティティ(BTSとしての顔)、そして7人各々がリアルな背景を持つひとりの人間(私生活の顔)、という大きく三つの要素が、様々なメディアにちりばめられ、重層的に展開されているのです。

これら7人の話がミックスされ、成長し、繋がり合うことで、計り知れない相乗効果が生まれています。このようにBTSは、非常に豊かなトランスメディアを構築することに成功したのです。

 

ファンダムは民主化以降の文化への熱望から始まった

――トランスメディアの"観客"について伺います。BTSにはARMY(アーミー)という強力な「ファンダム」が存在します。そもそも韓国のアイドルや俳優には、昔からファンとの強い絆が存在していたと思われますが、韓国特有のファンダムはどのように生まれたでしょうか。中でも突出したファンダムであるARMYの存在についてお聞かせ下さい。

【ホン】韓国のファンダムを知るためには、まず韓国の80~90年代を知る必要があります。韓国にポップカルチャーが誕生した起源は、80年代に実現した民主化です。それ以前の韓国は軍事独裁政権で、文化的には非常に脆弱な状態で、自由な表現ができず、数十年間抑圧されていました。

しかし87~89年の民主化運動によって、様々な文化が堰を切ったようにあふれ出たのです。そのため90年代のカルチャーは、今よりはるかに溌剌として、未来への自信にあふれ、ファッションも自由闊達でした。

そんな中、ソテジワアイドゥル(リーダーのソ・テジを中心にした三人組ヒップホップ系アイドル。うちヤン・ヒョンソクは、後にBIGBANGやBLACKPINKを擁するYGエンターテインメントの設立者)が92年にデビューしました。

ヒップホップを取り入れた力強いダンス・ミュージックで、K-POPの原型的な存在となりました。当時の学生たちは、抑圧的に勉強を強要され、体罰や校内暴力もあった時代でした。

しかしソ・テジは中卒でありながら、自身の経験を音楽の中で発散したため、中高生の間で熱狂的なファンダムが生まれました。K-POP最初の巨大なファンダムと言えます。

90年代半ばには、SMエンターテインメントのH.O.T(エイチオーティー)、JYPエンターテインメントのgod(ジーオーディー)など、K-POP第一世代と言われるアイドルグループが誕生し始めました。

こうして、ソテジワアイドゥルから始まったファンダムの文化が、現在のK-POPカルチャーの熱気に繋がるのです。ARMYは、数あるアイドルのファンダムの中でもとりわけ規模が大きく、各地で毎年カンファレンスが開かれています。

一方で自浄能力も高く、大きな問題を引き起こすこともありません。博士課程、修士課程に属する方も大勢いて、さまざまなコミュニケーションが展開されています。以上のような、韓国国内のファンダム文化の影響を強く受けながら、海外でもK-POPのファンダムが形成されてきました。

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