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コロナ禍で明らかに増加したヘイトクライム...アジア人に対する暴力の「予防策」とは

2021年12月25日 公開

ブライアン・レヴィン(カリフォルニア州立大学憎悪・過激主義研究センター所長)

 

ソーシャルメディアで拡散されるステレオタイプ

――アジア系を白人が襲う場合と黒人が襲う場合を比べると、後者はマイノリティ同士のヘイトが発生していますね。この問題をどう捉えられますか。

【レヴィン】一言でいえば「憎悪の民主化」の問題でしょう。黒人のトランスジェンダーが、同じ黒人に殺されることもあれば、別の人種に殺されることだってある。誰が襲ってくるかわからない。

これが起こる理由の一つは、ステレオタイプの広がりです。もともとは一つのコミュニティから惹起していた言説や憎悪が、ソーシャルメディアによって拡散されます。移民問題やドラッグなどいろいろありますが、そこに政治的要素が絡んで広がっていきます。

こうしたなかには、人種だけでなく、階層、政治的見解の違いを超えて共有されるものもあります。これまでのような識別がなくなり、伝統的な系列にとらわれない、憎悪の民主化がみられるのです。地域によっては、黒人やアジア系に限らず白人に対するヘイトクライムも増加しています。

どの人種にも宗教にもジェンダーにも、愚か者がいます。しかし、ネットでやり取りされている内容(偏見や憎悪)をみると、問題なのはむしろ、社会全体がますます粗悪になり、暴力的になっていることです。多くの有権者たちが愚かな陰謀説をうのみにし、あっさり防護柵を取り払ってしまう。そうした姿勢のほうが問題なのです。

――現在は、誰もがヘイトクライムに加担しかねない時代だともいえます。

【レヴィン】いまヘイトクライムは、社会全体に起きるひどい出来事の一種のバロメーターになっています。経済危機、階級間の対立など、ヘイトクライムを引き起こすきっかけはいろいろありますが、たとえば、ジェントリフィケーション(都市の富裕化)など、アジア人とまったく関係がないかもしれないものも、きっかけになりえます。

つまり、それが事実かどうかは問題ではなく、あくまでも相手に心理的な影響を与えることが目的なのです。ヘイトクライムを犯す人は、往々にして最初から浅薄な偏見をもっている場合が多い。だから新型コロナが広がると、自らが偏見をもつアジア人を無意識に攻撃することもあります。もともと抱いている偏見が、新型コロナを契機として行動に出たということです。

 

“予防”の観点が抜けていた

――人びとの憎悪を乗り越えるためには、法整備のほかに何をするべきでしょうか。

【レヴィン】まずは教育が重要です。アジア系に対する頑迷な偏見について、社会全体として対応することが必要です。できれば刑事司法一辺倒ではなく、修復的司法、教育面に重きをおいたアプローチがあったほうがいいでしょう。さまざまなタイプに細かく対応できるよう、ローカルレベルで教育し、市民の意識を高めるのです。

もしも、ディスインフォメーション(故意に流す虚偽の情報)があればすぐに指摘し、教育しなければなりません。現在は前例にないくらい社会が分断されていますから、ディスインフォメーションはますます拡散されていきます。

基本的な道徳感、ルールの定着には、情報の正確さがカギとなります。公共サービスに近いものとして、ソーシャルメディア企業にも責任をもたせるべきでしょう。

国家レベルでは、1964年に成立した公民権法の、法の執行には関係のない調停の部分であるCRS(Community Relations Service:地域関係活動局)を再活性化し、活動の幅を広げるべきです。その動きを一時的なものにとどめるのではなく、アメリカの歴史に刻み込まれるように永久的なものにする必要があります。

CRSを消防署と同じような存在にするとでもいえばよいでしょうか。消防署は当然、火災が発生してから建設するのではなく、火災が起きたときのために常備しておくものですね。同様にCRSも、コミュニティのなかにつねに存在しなければなりません。

――ヘイトクライムに対して未然に備える仕組みづくりが重要だということですね。

【レヴィン】そのとおりです。これまでの対応は多くの場合、事後的施策に終始して予防の観点が欠けていました。我々の憎悪・過激主義研究センターの諮問委員会には医師も入っていますが、彼は憎悪を公衆衛生の問題としてアプローチしています。

ヘイトクライムを犯した側だけでなく、被害者側も利用できるメンタルヘルス施設が必要です。いまやるべきことは、ヘイトクライムが起きたらリアルタイムで迅速に対応できるように、つねに備えておくことです。

警備にあたる警察や、公衆衛生の職員を増やす、被害にあう可能性の高い人びとの言語を話せるオペレーターを増やすなど、できることはたくさんあります。社会全体が同じ方向を向けば、ヘイトクライムを防ぎ、被害者を助けることはできます。

残念ながら、これからもヘイトクライムは増加するかもしれません。犯罪のさまざまな動機のなかでも、政治的な要素が増えているのは由々しき事態です。我々は、自分たちにできる限りの活動を引き続き行なっていきたいと思います。

 

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