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行き過ぎた個人主義がアメリカを狂わせた...500年の歴史に潜む「陰謀論との因縁」

2021年12月28日 公開

カート・アンダーセン(作家)

 

個人主義が間違った方向に加速した

――1960年代の経済的繁栄と、90年代以降のインターネットの出現は、アメリカ人の幻想をどのように変化させたといえるのでしょか。

【アンダーセン】まず、インターネットがなければアメリカは「ファンタジーランド」になっていなかったでしょうね。「ワクチンは自閉症を引き起こす」という「事実」を信じている反ワクチン派が生まれたのは、90年代後半にインターネットの規模が大きくなった時期と重なります。

ちょうどGAFAの一つであるグーグルが出現したときです。グーグルが最初に行なった業績の一つが、ワクチンについての虚報をまき散らすことでした。

こういった虚報をはじめ、2021年1月6日に起きたアメリカ連邦議会議事堂占拠事件など、すべてのナンセンスな事態がインターネットによる情報拡散能力によって可能になったのです。

――アメリカ人が「自由」と呼ぶ思想が暴走した結果、現実と幻想の区別を認識することができなくなってしまったといってもよいのでしょうか。

【アンダーセン】100%そうだと断言できるでしょう。私自身、個人主義や個人の自由といった概念を重んじるアメリカが好きでした。しかし、それらは時間とともにバランスが崩れ、異なる意味を帯びてしまった。

もちろん、アメリカ以外にも個人主義の国はありますが、アメリカの個人主義は「私は何をやってもいい、誰かのいうことを聞かなくてもいい」という極端な考えです。どの社会も自明の理として心得ているはずの、共同体と個人のバランスを欠いている、それがいまのアメリカなのです。

このような個人主義が間違った方向に加速した結果、我々は銃を規制できなくなり、多くの人がQアノンをはじめとした狂気の沙汰を信じる根拠となった。現状は「個人の自由」の暴走が手に負えなくなった状態だと私は思います。

 

アメリカを正常に戻す手立てがわからない

――現実と幻想の区別がつかない人の考え方を変えるのはほとんど不可能ではないでしょうか。

【アンダーセン】まさに問題はそこに存在します。いったん強固な事実、経験的現実(繰り返し可能な測定で証明できる現実)の領域から自分を離してしまうと、何もかもが事実上、宗教的な信条になってしまいます。

この本が出版されたときに「どうすればアメリカのナンセンスを止めることができるのか」とよく聞かれました。誰もが狂った現状を正常な状態に戻すにはどうすべきかと頭を抱えているのです。

これらはあまりにも根深い問題であるため、どうすればアメリカを正常な状態に戻せるか、私にはわかりません。我々にとっては幻想でも、彼らにとっては確固たる「事実」になってしまうのですから、もはや議論が成り立たないのです。

――陰謀論の存在はどのようにアメリカの政治や文化に影響を与えたといえますか。

【アンダーセン】実際のところ、1950〜60年におけるジョセフ・マッカーシー時代やジョン・バーチ・ソサエティ時代に台頭してきた右派や極右が広めた多くの陰謀論には、ある程度の真実があります。たしかに当時のソビエト連邦や中国共産主義は、打倒西洋を掲げ、アメリカを倒そうとしていたからです。

とはいえ、この時期に広まった陰謀論のなかには、ごく短期的には、行き過ぎた反共熱のようなものもみられました。ある意味、今日目にしている状況の伏線、またはプレリュード(前兆)だったといえるかもしれません。

ただ、いまと違ってインターネットが普及していなかった当時は、誰かが「共産主義者がアメリカを乗っ取ろうとしている」「大統領は隠れ共産主義者だ」と考えたとしても、その陰謀論が急速に広まることはなく、受ける影響も知れていました。

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