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もう一度「かっこいいたばこ」へ

2022年01月31日 公開
2023年03月31日 更新

テリー伊藤(演出家/タレント)

テリー伊藤

社会の価値観は一瞬にして変わる。不寛容な社会の空気が息苦しく感じられるいま、たばこをつうじて考える「おしゃれな場づくり」とは。(取材・構成:清水 泰)

※本稿は『Voice』2022年1⽉号より抜粋・編集したものです。

 

お互いに目を合わせない

――テレビ業界の喫煙事情はどうですか。

【テリー】番組づくりで一番時間がかかるのは、会議なんです。身内のスタッフが10人から20人で集まる会議室ってそんなに大きい部屋じゃないから、窓のあるほうが少ない。

その狭い部屋の中で、下手すると5、6時間も会議をしている。世の中の喫煙規制が厳しくなる前は、みんなその会議室でたばこを吸ってたんですよ。部屋が煙くなるのと、テレビマンは洋服にたばこの匂いが付くのが当たり前でした。

コロナ禍で「換気をよくしてください」っていうけれど、そもそも窓の少ないテレビ局の会議室では、よくする方法がないんだよね。空調設備があったとしても、機能が怪しいじゃないですか。年に1回くらいしか機械を掃除してなかったりとか(笑)。

――会議中、吸いたい人はどうするのですか。

【テリー】「ちょっと」といって部屋を出て、ガラス張りの小さな喫煙室とかでこそこそ吸うのが基本のパターンですね。だいたい喫煙室の前に廊下があって、廊下を通る人からはガラス越しにたばこを吸う人たちが見える。もちろん、吸う側からも外が見える。

面白いのは、喫煙室で吸っている人は外に背を向けて、絶対に廊下側を見ないんです。で、廊下を通る人も中を見ない。お互い、絶対に目と目を合わせませんよね。まるで異国の人同士、喫煙国と非喫煙国の国境があるみたいに。不思議だよね。

僕の事務所に近い青山(東京都)の喫煙スペースにも「国境」があって、吸っている人を見るとやっぱり大通りのほうを向かず、どこかやましそうな雰囲気で道行く人に背中を向けて吸っている。だいたいスペースの真ん中に灰皿が置いてあるしね。お天道様に背を向けることをためらいながら、申し訳なさそうに吸っているように見えるんです。この10年の喫煙者と世間の力関係を象徴する光景でしょう。

――世間の喫煙者を見る目も、どこか腫れ物にさわるような感じです。

【テリー】見て見ぬ振りですよね。いかにこの10年でたばこが市民権を失ってしまったか。

 

「一服してさぼってる」は間違い

――最近の喫煙者は市民権を失っただけでなく、「仕事の生産性が低いのでは」という疑念さえ抱かれつつあります。テリーさんがおっしゃったように、喫煙者のビジネスパーソンは長時間の会議の最中や仕事の合間に、中座して喫煙室に行く。いきおい「仕事中に一服してさぼってるんじゃないか」といわれてしまいがちです。

【テリー】むしろ逆だと思うなあ。会議室に長時間ずっといるほうが絶対に生産性、低いですよ。同じ部屋に同じメンバーで1時間半以上もいたら、頭がバカになります。集中力が切れてアイデアも行き詰まり、ろくな成果が出ないに決まってるじゃない。長時間、同じところにいるのは義理のようなもの、アフターファイブに上司に付き合うみたいなものです。

人間の集中力って、本当は15分とか30分が限界ですよ。たとえばテレビ番組なら途中にCMが入り、ボクシングならラウンドのあいだに1分間の休憩が入る。2時間ドラマを見ている人にトイレへ行くタイミングが一度もなかったら、やっぱりしんどいですよ。ブレイクやリフレッシュをして頭を切り替える時間が欲しい。

――生産性の低下は濡れ衣、ということですね。

【テリー】いまのネット社会って、それこそ「マスクをしていない」とか「あの人、ワクチン打ってないんじゃないか」とか、人の弱点を突くような言動が溢れてますよね。人の悪口ばっかりいっている世の中に僕はすごく抵抗感がある。たばこもそうなんだけれど、喫煙者が悪者になりすぎちゃってるのが嫌なんですよね。僕は紙巻きたばこは嗜まないけれども、パイプは好きでコレクションしているし、僕だって他人から見ればどこで相手に嫌なことをしてるかもわかんないんだから。

 

おしゃれは我慢

――不寛容な社会の空気が息苦しく感じます。

【テリー】声高にいう必要もないんだけども、世間で悪者にされているたばこでも、煙を見ながら物思いにふけるとかコーヒーを一緒に飲んでるとか、一つの文化だし、仕草がかっこいいですよね。

僕は海の近くに住んでいるけれど、海辺のきれいな空気のなかでたばこを吸う人を見ると、気持ちよさそうでいいよね。ポイ捨てを見るとガッカリする半面、携帯灰皿をもっていると「この人、ちゃんとしてるな」と思って俄然、好感度が上がる。そういう気遣いは大事だと思うんですよ。

昔と違って、たばこは社会的に市民権を得ているわけじゃない。それでもたばこを吸うことが仕事の活力や気分転換になり、集中力が出る人もいる。強制的に「やめろ」というわけにはいかないから、共存できるかたちでやっていけるといいなと思いますよね。

僕は神保町によく行くんですけど、先日は神保町のカフェを2軒はしごしました。老舗の「さぼうる」とか、行きつけのカフェが何軒かあって、たばこの規制が強まる(2020年4月の東京都受動喫煙防止条例の施行と改正健康増進法の全面施行)まで、みんな店内で吸ってました。空間の匂いがいいし、空間そのものがいいですよね。店内の音楽とも合うし、たばこも合えばコーヒーも合う。三位一体の空間ですよ。それに店の、たばこの煙で柱や天井が煤けてる雰囲気も格別でしたね。

――一律的な喫煙規制が強化されて、そうした風景が街中から消えつつあるのは情緒がないですね。

【テリー】先日、たまたま映画『ティファニーで朝食を』を観ていたら、オードリー・ヘップバーンが何度もたばこを吸うシーンが出てくるんです。シガレットホルダーという細長い管の先にたばこを刺して吸うと、手が汚れず匂いも付かないし、苦味を抑えられるという。これがおしゃれで、かっこいいんですよ。女性の喫煙者はマネしてもいいんじゃないかな。

――大人ならではの喫煙の所作を見て、憧れる人が出てくるわけですね。

【テリー】おしゃれは我慢なんですから、我慢するところは我慢してもらう。見た目の姿を意識してよく見せようとする、いい意味での「見栄」。これがまさに人間の文化なんですよ。あと、火を使って煙を出すたばこは夏よりも寒風の冬が似合いますから、この季節はとくに周囲への見栄を意識しないといけないよね。

おしゃれと真逆で、ダメなのが歩きたばこです。歩きたばこは、自分で自分のかっこよさを壊してると思うんですよ。周りの人を火の危険に晒して、迷惑をかけてるわけなので。自分の好きなたばこの地位を貶めるようなことをしちゃいけない。こんなご時世こそ、当たり前ですけどマナーを守り、おいしいコーヒーを飲みながらかっこよくたばこを吸うっていうのがいいですよね。

 

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