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チャーチル一族の究極の「不倫」接待 アメリカの参戦を狙った数々の陰謀とは?

2022年02月23日 公開

渡辺惣樹(日米近現代史研究家)

 

ウィルキーの支持率が奇跡の急上昇

共和党員の支持はデューイ候補に集まっていた。5月8日の共和党員調査では、67%の支持を受け圧倒的なリードを見せていた。ウィルキー候補への支持はわずか3%だった。

党員調査のあったおよそ1週間後の5月16日、共和党全国委員会議長ラルフ・ウィリアムスが突然に亡くなった。彼はタフト上院議員を推していた。後任にはサム・プライヤーが就いた。彼は、パンナム航空幹部でOSSとの関係が深かった。OSSは、FDRから英国情報部との協力を指示されていた。

ウィリアムスの死を謀殺と疑う史家もいる。米国の歴史家トーマス・マールは1939年から44年にかけて英国が行なっていた米国世論工作を詳細に調べ上げた。彼は、その書『Desperate Deception』(1998年)の中で、ウィリアムスがMI6(秘密情報部)によって殺された可能性を指摘した。

「MI6は、ウィリアムスが死ねば、サム・プライヤーが後任となることを知っていた」とする主張は、MI6メンバーの話(伝聞証言)を基にしている。しかし、現時点では謀殺と断定するまでには至っていない。

メディアにも不思議な動きがあった。3%の支持率しかないウィルキーを『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙、『ミネアポリス・スター』紙、『スクリップス・ハワード・ニュースペーパーズ』(全国地方紙への記事配信会社大手)、あるいは『ルック』誌が支持することを決めた。こうした動きを追い風に、ウィルキーの支持率が急増した。6月半ばには17%、大会直前には29%にまでなった。

共和党大会は予定どおり、1940年6月24日から始まった。翌日、フランス降伏の報が伝えられた。これに時を合わせるように、大会事務局にウィルキー支持の電報が殺到した。そのほとんどが「ウィルキー・クラブ」の会員からのものであった。

同クラブはオーレン・ルートなる人物によって組織されたウィルキー後援会だった。ルートは国際金融会社JPモルガンと関係が深かった。いうまでもなくJPモルガンは、第一次世界大戦時には英国からの軍需品発注を一括で引き受け巨利を得ていた。当時の英国軍需大臣はチャーチルだった。

党大会会場では、プライヤーの手配で、ウィルキー支援者だけに規定枚数以上の入場券が用意された。大挙して会場入りした彼らの熱狂的なパフォーマンスは大会関係者を驚かせた。フーバー元大統領のスピーチでは、何者かがマイクの回線を切断し、彼の声は誰も聞けなかった。

6月28日、共和党大会は、数カ月前まで誰も知らなかった男(ウィルキー)を党公認候補に選出して閉幕した。

 

ウィルキーの再利用

共和党のウィルキー候補は、大統領選挙戦では党の方針に従いヨーロッパ問題非介入(ただし、英国への軍事支援は継続)を訴えた。国民がウィルキーの主張に好意的であることに危機感を覚えたFDRは、若者をけっして戦場に遣らないと公約する羽目となった。

FDRの「心にもない」公約はチャーチルを不安にしたが、米国民は、これに安堵した。そうであるなら、実績のない新人共和党候補に投票する理由はない。「偽りの」公約で、FDRは米国史上初の3選を決めた(11月5日)。

チャーチルは、FDR再選に安堵した。しかし、ドイツの攻勢は続いていた。FDRは再選を確実にするために噓(ヨーロッパ問題非干渉)をついた。それが彼の政治的自由度を奪っていた。

そうしたなか、米国内で「英国はドイツに敗北的講和を求めるしかないだろう」との声が上がってきた。ドイツの空爆はそれほどに凄まじかった。さらには、「講和がなれば、英国への支援軍需物資がドイツに接収されるのではないか」との疑念がワシントンで生まれていた。「英国への軍需物資の供給はいったん止めるべきだ」との意見まで出ていた。

これにチャーチルは驚いた。米国の参戦はしばらく期待できないにしろ、軍需物資供給が止められてはならなかった。彼はこの苦境を打開する奇策を考えた。先の米大統領選挙で敗者となったウィルキーの利用である。彼を招き、空爆に苦しむロンドンを視察させる。そのうえで、「不屈の精神で戦う英国民を救え」と米国民に訴えさせるのである。

無名だったウィルキーも、大統領選挙選を通じて知名度は十分に上がっていた。英国好きのウィルキーがチャーチルの要請に応えたのはいうまでもない。

この作戦にFDRも協力した。1941年1月16日、彼は訪英直前のウィルキーをホワイトハウスに招き、チャーチルを励ます手書きの親書を託した。ロンドンに入ったウィルキーは、首相官邸でチャーチルと会談しルーズベルト親書を手交した(1月27日)。その後、空爆被災地に向かい市民を励ました。

2月5日、FDRはロンドンのウィルキーに電話して帰国を促し、上院外交委員会の場でロンドンの状況をつぶさに証言するよう求めた。英国への武器供給を止めるべきだとの議会の動きに対抗するFDRの作戦であった。

一方、FDRにとっても、米国の参戦を実現させるまで、英国の降伏はあってはならないことだった。FDRはまず駐英大使を代えた。ドイツに対し宥和的姿勢を見せ、ドイツとは講和すべきとの考えであったジョセフ・ケネディに代え、ジョン・ウィナント(元ニューハンプシャー州知事)を抜擢した。妻を本国に残したウィナントがロンドンに着任したのは、1941年3月のことである。

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