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経営の失策を「人件費」に転嫁する企業が成長できない理由

2022年03月16日 公開

山田久(日本総合研究所副理事長)

 

日本独特の労使関係の問題

労働分配率の傾向的な低下の基本的背景には、わが国固有の労使関係の問題がある。わが国の雇用慣行の特徴は、終身雇用・年功序列制にあるといわれる。そのベースにあるのは「就社型」あるいは「メンバーシップ型」と呼ばれる雇用契約の考え方である。それは「まず人ありき」の仕組みで、会社の一員である「正社員」になってから具体的な仕事が与えられ、職種が決まる。

これに対し、「ジョブ型」と呼ばれる欧米の仕組みでは、まず仕事(職務・職種)ありきで、その経験や能力のある人を正規労働者として雇用する。この違いは働き手の帰属意識の違いに現れる。

ジョブ型では、必ずしも同じ企業に強く拘らずに、職種を軸にキャリアを形成する。このため、労働市場が発達して転職が活発な米国では、賃金を上げなければ優秀な人材に辞められる。結果として、賃金格差は開くが全体として賃金が上昇する。総じて労働組合の交渉力の強い欧州では、労働組合の優先事項に賃上げが位置付けられており、その原資を生み出すための不採算事業の整理に伴う解雇はタブー視されない。

これらに対し、就社型のわが国では会社への帰属意識が強く求められ、職種に拘れないのが実情だ。結果、一企業での雇用維持が労使関係の基本となり、そのため労使ともに賃金を抑えることに抵抗感をもたなくなる。

そしてこのことが、労働生産性の上昇余地を狭めることにもなっている。労働生産性を高めるには不採算事業を整理し、ヒト・カネの経営資源をより収益性の高い事業に振り向けることが必要である。しかし、雇用維持が不採算事業整理の障害となり、事業構造転換を通じた生産性上昇が十分にできなくなる。

以上は基本的に正社員に当てはまる話であり、非正規労働者の場合、雇用保障も弱く処遇が低いのが一般的である。人件費削減によるその割合の高まりが平均賃金を押し下げることも、労働分配率を抑える方向に作用してきたのである。敷衍すれば、非正規労働者の増加は労働生産性の下押し要因にもなっている。非正規労働者は短期雇用が前提であるため、昇給がなく企業が積極的に教育投資を行なうインセンティブは働かない。

とくに人材教育を主に企業内でのOJT(実務を通じて行なう人材育成)を基本にしてきたわが国では、欧米のように企業外部での教育訓練の仕組みが未発達で、非正規労働者に対して十分な教育投資が行なわれない。結果、労働生産性の向上にもつながらないという悪循環が生じており、ここにも生産性引き上げの余地がある。

 

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