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政府からの「賃上げ要請」に企業が納得しない理由

2022年03月18日 公開

山田久(日本総合研究所副理事長)

山田久

世界における日本円の実力の相対的な低下ととも日本の購買力の急激な低下も報じられている。日本人が貧しくなったとの指摘もあるなかで求められているのが企業による賃上げだ。近年の歴代内閣もこの実現を目標としてきたが、実現されているとは言い難い状況である。

日本ではなぜ賃上げが実現されないのか? その実現のためにはどういった対策が必要なのか?

※本稿は『Voice』2022年3月号より抜粋・編集したものです。

 

岸田政権の政策では不十分

わが国における賃金低迷の基本的な原因は、収益性を軽視して個別企業の存続を最優先してきた労使関係の在り様、加えてそれを政策的に支えてきた保護的な産業・競争政策の在り様に求められるといえよう。

そうした整理を行なえば、賃上げ実現のために求められる基軸となる戦略は、企業の収益性と賃上げを重視する労使関係を構築することにあり、同時にそれを支える方向に産業・競争政策を転換することとなる。

以下、岸田文雄政権が掲げる賃上げ政策の評価を交えながら、求められる施策を考えたい。岸田首相の掲げる主な賃上げ施策は、(1)賃上げ促進税制、(2)看護・介護・保育に関する公的価格評価検討会の設置、(3)労使の代表への賃上げの働きかけ、の3つである。

(1)の「賃上げ促進税」は、給与等の支給額が増加した場合に法人税(個人事業主の場合は所得税)を優遇する制度であり、安倍政権下の「賃上げ促進税制」の拡充と位置付けられるが、2013~一19年度には年間平均でみて9.4万社が利用している。これは国内全体の会社数からすれば、適用率は数%にすぎない。

岸田内閣はこれを拡充するが、そもそも赤字企業は適用外であり、1度引き上げると恒常的なコスト増になる基本給引き上げに、一時的な税額控除がどの程度効果があるかは疑問といわざるを得ない。

(2)については、賃金のみならず価格も射程に入れた点で興味深い取り組みであるが、公定価格の引き上げは国民負担増の議論を避けて通ることはできず、財源手当ての議論もなく安易に報酬改定を行なうべきではない。さらに、看護・介護・保育産業といえども、産業連関的にはさまざまな他産業からの投入があって成り立っている。

たとえば介護であれば、食料品や介助用品といった、バリューチェーン全体を跨ぐ価格体系に上昇圧力が生まれなければ、特定分野だけの価格への介入は超過利潤やサービスのミスマッチ(ある分野での不足とほかの分野での余剰)を生み出しかねない。価格体系全体が上昇していくなかで、あくまで個別サービスごとの需要と供給のバランスから、サービス価格がフレキシブルに決まるのが望ましい姿である。

この観点からは、すべての産業についての価格適正化が促されるように、競争政策を積極的に展開すべきである。優越的地位の濫用や反ダンピング(不当廉売)の取り締まり強化を表明するほか、経済学者や産業アナリスト・会計士等から構成される独立的な適正価格専門評価委員会を設置してはどうか。

受注企業などからの依頼があれば、発注企業から必要な情報の開示を求められるものとし、データに基づいて不当な超過利潤には当たらない適正取引価格を提示する。それをもとに企業間で再度話し合い、価格設定を見直すという仕組みである。

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