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政府からの「賃上げ要請」に企業が納得しない理由

2022年03月18日 公開

山田久(日本総合研究所副理事長)

 

北部欧州型と日本型のハイブリッドな労使関係を

最後に(3)労使の代表への賃上げの働きかけについては、安倍政権下の政府による企業への直接的な賃上げ要請の再現であれば、その効果は限定的である。労使関係全体の再構築につながる仕掛けづくりがなければ効果は期待できず、それこそが中心となる施策に位置付けられなければならない。

より具体的には、a)生産性の上昇トレンドと望ましいインフレ率に見合うペースで着実な賃上げが行なわれる仕組みの創出と、b)時代が要請する産業構造転換を促進する、個別企業の枠を超えた産業全体・社会全体での雇用安定化・人材育成の仕組みの整備により、北部欧州型と日本型のハイブリッドな労使関係を構築することである。

賃上げの仕組みとしては、米国のような転職をつうじた仕組みが考えられ、それはいわゆる労働市場の規制緩和を主軸とする構造改革路線がめざしてきたものであった。しかし、現実問題として、少なくとも現状ではわが国に十分な転職市場が形成されておらず、一方で米国の状況をみると賃金格差が大きくなることも懸念される。

こうした点で、参考にすべきは、欧州流の労使交渉を賃金決定の基本に位置付ける手法であろう。しかし、欧州の場合、産業別労組が産業横断的に賃上げを行なうが、わが国の場合、個別労使が行なうため十分な賃上げ圧力が生まれない。

そこでこれを補うためには、政府が介入することで正当化させる。だが、安倍内閣のように十分な根拠なく経営に賃上げを一方的に要請するのでは納得性がなく、持続性もない。そこで、労使が共に一目を置く経済学の重鎮を座長とする第三者委員会を設置し、データ・エビデンスに基づく賃上げの適正水準の目安を示すことを提案したい。

それにより、政治的介入ではなく、「経済論理に基づくガイダンス」によって、労働サイドからの弱すぎる賃上げ圧力を補強し、より持続的な賃上げにつなげることができるだろう。

時代が要請する産業構造転換を促進する、個別企業の枠を超えた産業全体・社会全体での雇用安定化・人材育成の仕組みとしては、北欧やドイツ語圏の北部欧州流が参考になる。これらの国々では、産官学が連携して、企業での実習を組み込んだ実践的な人材育成の仕組みを整備している。

また、北欧では、ジョブセキュリティーカウンシルと呼ばれる、労使連携で設けた再就職支援組織がある。不採算事業の整理のために転職・再就職を余儀なくされる労働者に、伴走型で支援するアドバイザーの手厚い支援が付き、働き手も新たな環境での再スタートを前向きに捉えている。わが国の場合、これを参考に政府がコーディネーター役として関わり、公労使連携の再就職支援組織を創出するべきである。

ただし、賃上げの大前提として忘れてはならないのは、時代の変化に対応した産業構造の創出である。

その意味で、政府に求められるのは、(1)賃上げ推進のための第三者委員会の設置、(2)産官学連携の人材育成の仕組みや公労使連携の再就職支援組織の創設に加え、(3)デジタル化・脱炭素化に向けての将来ビジョンや道筋を示したうえで、その過程で進行する産業構造・事業構造の転換に企業が主体的に取り組むことを強力に後押しすることである。

 

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