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ロシア・プーチン氏が世界を敵に回しても成し遂げたい「最後の仕事」

茂木誠(世界史講師)

グローバリズムへ転換したエリツィン

ロシア軍のウクライナ侵攻により、世界的緊張状態が高まっている。西側諸国のロシアへの非難は絶えない。それでもなお、ロシアがウクライナを欲しがる理由とは?なぜ、今なのか?

「世界を敵に回した男」ロシア大統領ウラジーミル・プーチンの思想を作り上げた歴史的背景を読み解いていく――。

※本稿は茂木誠著『世界の今を読み解く「政治思想マトリックス」』(PHP研究所刊)より一部抜粋・編集したものです。

 

ソ連崩壊後に待っていた「グローバル化の荒波」

毛沢東の死後、中国共産党を引き継いだ鄧小平が「改革開放政策」に舵を切ったあとも、ソ連共産党は徹底的な統制経済を敷き、自由な貿易も、外資受け入れも、拒否してきました。

しかし、共産党が全てを決定し、全人民を監視下に置いて働かせるソ連の体制では、労働者のモチベーションは上がらず産業界にイノベーションも起こりません。生産性はゆっくりと劣化していき、国全体が貧しくなっていったのです。

1980年代の半ばになって、ゴルバチョフがようやく気づいた時には手遅れでした。

ソ連経済は疲弊し、アメリカとの冷戦でも白旗を揚げました。ゴルバチョフ書記長は、アフガニスタンと東欧各国に駐留していたソ連軍を撤収させ、市場経済を受け入れました。

これに不満を持つ共産党内の保守派がゴルバチョフ打倒のクーデターを起こしますが、ロシア大統領に選ばれたばかりのエリツィンの呼びかけに集まった数万のモスクワ市民が抵抗し、クーデターは失敗に終わりました。

「保守派」とは、それぞれの国の体制の原点を守ろうとする人々のことです。アメリカの保守派は独立自尊のフロンティア・スピリットを守ろうとする個人主義者ですし、日本の保守派は皇室を中心とする伝統文化を守ろうとする人々です。

これに対して、ソ連共産党や中国共産党の保守派とは、共産主義の原理原則である一党独裁と統制経済を守ろうとする人々のことです。

1991年、ロシア大統領エリツィンは、ウクライナ、ベラルーシとともにソヴィエト連邦からの脱退を宣言します。ソ連の大部分がロシアでしたから、この瞬間にソ連は崩壊したのです。

エリツィンは共産主義に絶望し、徹底した自由主義の信奉者になっていました。

ロシア経済を立て直すために、国際通貨基金(IMF)の緊急融資を受けました。IMFの最大の出資国はアメリカであり、IMFのお仕事は、「緊急支援の見返りに外資導入と財政改革を強要すること」です。これはグローバリストそのものです。

エリツィンは、IMFの要求を丸飲みし、ロシア市場を開放したのです。

たちまち石油・天然ガスなどの豊富な地下資源が、外国資本やユダヤ系の新興財閥(オリガルヒ)に買収され、民営化されていきました。自由競争が導入され、効率の悪い国営企業は廃業するか、民営化されていきました。

ロシア経済は急発展を遂げましたが、自由化の恩恵を受けたのは、資源の輸出で稼いだ外国資本や新興財閥だけでした。

自由がなかったソ連時代には、社会主義ゆえのよいこともありました。大学まで学費は無料、医療費も無料、全人民が公務員のようなものですから失業もなく、年金も十分に支給されていました。

しかしエリツィン政権は、IMFに命じられた財政再建のため、福祉予算をごっそり削減し、保険や年金の制度は事実上、崩壊しました。国営企業の解体による大規模なリストラで生活が困窮した人々は、社会福祉も受けられず、特に高齢者の生活は悲惨なものとなりました。

70年間続いた鎖国状態の共産党政権から、アメリカ的自由主義、グローバリズムのエリツィン政権へ、ロシアは大きく方針を変えましたが、それが人々に幸せをもたらしたわけではなかったのです。

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