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社会

養老孟司が危惧する「子どもの目的のない行為」を許容できない大人の貧しさ

養老孟司(解剖学者)

2023年02月03日 公開

 

五感で受け取ったものを情報化する

私がお手伝いしている「ROCKET」というプロジェクトがありました。東京大学先端科学技術研究センターで、中邑賢龍さんの研究室が始めた、子どもたちに好きなことをやらせる異才発掘プロジェクトです。

そこに、子どもたちが描いた絵が飾ってありました。これまで見たこともないような素晴らしい絵がたくさんありました。以前、自由学園で生徒の絵を見たときにもそんなふうに感じたことがあります。

子どもは何の役にも立たないと言われるようなことでも、長い時間、丁寧にやるものです。そうやって自由に描かせると、非常にいいものができます。

人は、美しい光景を見て、これを残したいと思ったときに詩や俳句を作ったり、あるいは絵を描いたりしています。五感で受け取ったものを言葉や絵にして表現し、人に伝えるというのは、情報に変えていくという作業です。

そういう作業はとても時間がかかります。だからどんどんやらなくなっています。大人はその辛抱がないので、そんなふうに絵を描きませんし、子どもが絵を描いていると、すぐに「何の絵?」と聞きます。学校では「いますぐやりなさい」「時間内に書き終えなさい」と言います。考えているだけで時間が終わってしまう子だっているはずです。

同じようにコンピュータを使うにしても、野球を好きな子どもがエクセルで作った野球のスコア表を見せてもらったのですが、行や列ごとに色付けをしていて、その表自体がアートだと思うほどきれいに作られていました。

子どもは色をそのもので見ていますから、色使いもハッとさせられます。大人がパソコンで書類を作る際、ハッとする色使いにできる人が少ないのは、五感で受け取ったものを表現しなくなっているからです。

見たものを絵や言葉にするのにはとても時間がかかりますから、だんだんと写真に撮ったり、単純な言葉で表現したりするようになりました。社会全体を見てもそうです。

カバン一つとっても、大量生産でたくさん作れるようになる時代になると、職人が一つひとつ丁寧に作ったカバンの格が下がってしまいます。

私は、五感で受け取ったものを絵や詩に表現し、情報化できる人がたくさんいる社会が健康だと思うのです。

この「情報化」は、情報処理とは違います。情報処理は、すでに情報になっているものをどう速く処理するのかということです。たとえば、大学入試のセンター試験(現・大学入学共通テスト)は、情報処理が速い人が有利です。

社会が近代化するにつれ、情報処理のスピードが求められる一方で、丁寧に情報化する作業を切り捨てるようになっていきました。だから私は、山に行け、田舎に行けと言うのです。

都会育ちの人は、山に行っても、何をしたらいいかわからないと言うかもしれません。山に行ったことのない子どもは、そこでの遊び方がわからないでしょう。

でも、それでいいんです。その、途方に暮れた状態から始めればいい。そこで自分なりに楽しみ方を見つけていく。そこから、自分の組み立て直しが始まる。「森に行くと、どんないいことがあるんですか」という質問をしているうちは、何も見つかりません。

まずは行ってみることです。

どんな効用があるのかわからなければ、行きたくない、というのは寂しい考え方です。そういう思いがまず頭にあるから、頭にあることしか体験できなくなってしまうのです。豊かな生活と言われながら、人生が貧しくなってきているのは、ここに一番の原因があります。

時々自然の中に入っていくことは、すべての人にとって、プラスの意味をもっているはずです。そこでは、少しだけかもしれませんが、人生が豊かになっているのです。

【プロフィール】

養老孟司(ようろう・たけし)

1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。1962年、東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年、東京大学医学部教授退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。1989年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞受賞。2003年、毎日出版文化特別賞を受賞した『バカの壁』(新潮新書)は450万部を超えるベストセラーに。大の虫好きとして知られ、現在も昆虫採集・標本作成を続けている。

 

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