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記者生活40年以上、池上彰氏が森友事件で痛感した“ジャーナリズムの真骨頂”

池上彰(ジャーナリスト)

2023年07月20日 公開

 

森友文書改竄で記者の「共感力」あらわに

私の記者生活は今年(2020年)48年目になります。長ければいいというものでもありません。何をやってきたんだろうとの自戒を込めつつ言いたいことは、記者には「共感力」とでもいうべきものが必要ではないかということです。ここでの私の定義は「弱い立場の人の思いに共感し、その人に代わって発信する力」のことです。

「読者に寄り添う」とか「読者の視線で」とかの表現もありますが、「寄り添う」という言葉は、すっかり手あかがついてしまいました。そこで私が使うのは「共感力」です。

記者は、世の中のあらゆる事象を扱います。私も駆け出しの記者時代、さまざまな事件に遭遇し、多数の遺体を見てきました。無残な遺体の身元確認をすることになった遺族の横で言葉を失ったこともあります。

どうすれば、こんな悲劇が二度と起きないようにすることができるのか。自問自答しつつ、そのためには事件や事故をきちんと世の中に伝えることだと言い聞かせて仕事をしてきました。

しかし、慣れとは恐ろしいもの。そのうちに悲惨な現場を悲惨と感じなくなっていく自分がいました。自分の感情を押し殺した方が、取材が迅速にできるという事情もあったからですが、いつしか「共感力」が摩滅したように思えました。

でも、それでいいのだろうか。自分は何のために記者になったのか。いまの現役の記者諸君にも原点に返ってほしいと思うのです。

私がこう思ったのは、「森友文書改竄」問題で財務省の職員が自殺したことをめぐり、自殺した職員の妻が国と佐川宣寿・元同省理財局長に損害賠償を求める訴えを起こした記事を読んだからです。

私はいま「改竄」と書きました。朝日新聞の用語ルールでは「改ざん」と書くのですが、改竄と書いた方が悪質なイメージが喚起されるので、あえて漢字にしておきます。

3月19日付本紙朝刊は、1面トップでこのニュースを伝え、2面、4面、39面でも扱っています。

実はこの話は「週刊文春」が先に報じているのですが、弁護団が職員の手記や遺書を公開したことで、新聞各紙も報じることができました。

週刊文春でこのニュースを伝えたのは、NHK大阪放送局で森友事件を取材していた相沢冬樹氏。NHK内の人事異動で記者を外され、いまは大阪日日新聞記者です。記者魂とはどんなものか教えてくれます。

では、朝日以外の新聞は、このニュースをどう伝えたのか。毎日新聞は同日付朝刊1面の左肩に掲載しています。朝日ほどではありませんが、それなりの報道です。

1面での扱いは大きくありませんでしたが、26面に残された手記の全文を紹介しています。朝日は手記の要旨しか掲載していなかったので、この点で毎日の扱いが光っていますね。読者は週刊文春を買わなくても全体を把握することができたのですから。

読売新聞は、どうか。34面に「自殺職員の妻提訴」という3段見出しの記事です。4面の政治面でも財務省の対応を小さく報じていますが、これだけです。記者には「共感力」が求められると冒頭に書いたのは、この扱いを見たからです。

公文書の改竄をするように求められた職員が自殺し、改竄の経緯を記した手記を残していた。職員は、改竄を求められたことなどからうつ状態になり、自殺。その後、財務省の近畿財務局は、公務災害に認定している。

これは大ニュースでしょう。これを大きく扱わないというのは、どういうことなのか。現場の記者が短い原稿を書いただけだったのか。それとも現場の記者はしっかりとした原稿を書いたのに紙面化の段階で小さな扱いになったのか。真相は紙面を見るだけではわかりませんが、記者の原点に返ってほしいと言いたくなったのです。

一方、日経新聞は、提訴の記事だけでなく、職員が残した手記の要旨も掲載しています。日経新聞の記者の方が、読売の記者より「共感力」があるように思えます。

 

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