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大谷翔平メジャー1年目で“右肘故障”の衝撃

ジェイ・パリス(スポーツ・ジャーナリスト)、関麻衣子(訳)

2023年07月18日 公開

大谷翔平 けが

弱冠23歳でメジャーへ進出、ベーブ・ルース以来の二刀流選手として活躍し新人王やア・リーグMVP、そしてWBC2023の日本優勝にも大きく貢献、多くの人の心を惹きつけ華々しい経歴を持つメジャーリーガー大谷翔平。

しかし、メジャー挑戦1年目の2018年は必ずしも順風満帆とは行かなかった。一度は選手生命の危機とも危ぶまれた、肘の治療と再起するまでを、現地ジャーナリストが見つめた。

※本稿は、ジェイ・パリス著・関麻衣子訳、『大谷翔平 二刀流メジャーリーガー誕生の軌跡』(&books/辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

待ったをかける肘

2018年6月6日

週の真ん中にあたるこの日、エンゼルスはカンザスシティ・ロイヤルズを本拠地に迎えた。いつもと変わらない試合のはずが、この日は大谷の9回目の先発登板となり、エンゼル・スタジアムでの"翔タイム"に誰もが釘付けになる。

大谷の登板は特別であり、見逃すことはできない。鉄のカーテンならぬ"オレンジのカーテン"で仕切られているかのように、オレンジ郡に住むエンゼルスファンは地元の球団の試合以外には目もくれない。南カリフォルニアをカバーするテレビ局のフォックス・スポーツ・ウェストだけでなく、日本のNHKも午前2時に、眠い目をこするファンのために生放送を行っている。

熱烈なファンにとっては時差など関係なく、"大谷サン"のプレーを見逃すことなど考えられないのだ。

チームの守護神(エンジェル)である大谷の存在は、鮮やかな赤いユニフォームを着たファンだけにとどまらず、幅広い層の人々の心をつかむようになっていた。

南カリフォルニアでもオレンジ郡には特に大きなアジア人コミュニティがある。そこに住む誰もが、背番号17番の選手がエンゼル・スタジアムでマウンドに立つときには仕事の手を止め、固唾を飲んで試合の行方を見守る。

ビッグAには日本語の広告があちこちに見られ、ビッグな大谷を擁する球団への支援を求めている。大谷が投げるたびに、ストライクや三振を取れば歓声が上がり、打たれたりボールやフォアボールだったりすると落胆の声が響く。

大谷はどれだけ人々の心を惹きつけるのか。  

南カリフォルニアの野球ファンにとって、この日はスタジアムをハシゴして観戦することも可能な、特別な1日だった。

日中に、サンディエゴ・パドレス対アトランタ・ブレーヴスの試合がペトコ・パークで行われていた。比較的早く終わったので、そのあと移動してエンゼル・スタジアムへ行き、 夜に登板する大谷を観ることも可能だったのだ。

強者の野球ファンの中には、それを決行した者もいたようだ。決行できなくても、そうしたいと考えた野球ファンはかなりの割合でいたはずで、それだけ大谷のピッチングには人々を惹きつける魅力があるのだ。

ロイヤルズとの対戦のためにマウンドへ大谷が上がったとき、観客の意識は一瞬で変わる。スマートフォンに没頭していた人々の視線がフィールド上の大谷に移り、二刀流選手の姿を写真におさめようと、人々は手にしていたスマートフォンを構える。

メジャーリーガーの中でも一番写真を撮られていて、インスタグラムを見てみれば、そこは信じられないほどの数の大谷の写真で溢れ返っている。

そうしたファンの中で、これが今シーズン最後の登板になりかねないと気づいていた者はどれだけいたのだろうか。

ロイヤルズは格下のはずだったが、過去の痛みがぶり返したことで大谷は早々と降板することになってしまう。4イニングで4安打1失点を許してしまったあと、大谷は5回のマウンドに上がることはなかった。

開幕前から大谷の動きを映像で研究していた捕手のマルドナードは、どことなく違和感を抱いていた。大谷がウォームアップの投球を終えると、マルドナードはマスク越しにダグアウトへ危機感を込めた視線を送った。

バッターが打席に入る前に8球を平然と投げた大谷だったが、マルドナードは違和感の原因を必死に探っていた。

「いつもなら、彼はカーブをたくさん投げるんだ」mlb.com にマルドナードは語った。 「それなのにウォームアップでファストボールばかり投げるから、いつもと何かが違うんだろうと思った」

多くの人々は、例のマメのせいだと思っていた。4月17日のレッドソックス戦で降板する原因となったものが、再発したのだろうと。同じ右手の中指、皮膚の柔らかい部分に、大谷の努力を邪魔するかのようにふたたびそれがあらわれたのだろうと。 確かに大谷はコントロールに苦しみ、4イニングで34球を出していた。 

それでも4回の最後に対戦したエイブラハム・アルモンテを三振に打ち取ると、ダグアウトに戻ってきた大谷の表情は満足げで、何も心配の種はなさそうに見えた。 しかしスタッフ陣は大谷の指を見て、今後のことを考えた。

「マメができかけていたので、無理はさせたくなかった」マイク・ソーシア監督はそう話す。ささいな変化も見逃さないベテランの指揮官ですら、のちに入ってくる大谷のニュースに驚くことになる。

問題は単なるマメだったはずなのに、予想外の事態となり、経験豊富なソーシア監督ですら、新人スター選手の肘の状態に今シーズン一杯振りまわされることになるのだった。

 

試行錯誤の日々

2018年6月8日

エンゼルスがミネソタ・ツインズの本拠地を訪れている際に、大谷翔平に関する2つめの悪いニュースが入ってきた。

前回4イニングで降板したのはマメの再発ということだったはずだが、新たな事実がわかり、球団に衝撃が走る。

ロイヤルズ戦での登板を終えてからコーチ陣らが詳しく調べたところ、問題はマメだけでなく、大谷の右肘も張っているということが判明したのだ。

その後の検査と診察の結果、大谷の右肘の内側側副靱帯にグレード2の損傷が見つかった。野球関係者であれば、その診断が選手にとって厳しいものであることは誰もが知って いる。

靭帯の損傷を治療する最終手段として選ばれるのが、トミー・ジョン手術だ。しかしこれを受けるとなると、投手は自身のキャリアを12~14カ月も犠牲にしなければならない。

12月に大谷がエンゼルスと契約してから間もなく、ヤフー・スポーツは大谷の右肘にグレード1の靭帯損傷があることを報道した。そしてPRP(多血小板血漿)注射と幹細胞注射による治療を受けたとのことだった。

検査の結果グレード2の状態であると判明し、肘の張りの原因が靭帯のせいであることは明らかだった。状態は改善していたわけではなかったのだ。ソーシア監督は暗澹たる思いで、最大の主力選手を欠いたチームの舵取りをしなければならなくなった。

「チームの要を2つ同時に失ったようなものだ」監督はロサンゼルス・タイムズ紙にそう話した。「これまで大谷がマウンドで見せたプレーは特別なものだった。それと同時に、 打席で見せた左打ちのバッティングも非常に重要なものだった」

6月6日にロイヤルズ戦を降板した際は、ちょっとした不調だと誰もが思っていた。わずらわしいマメが再発したと聞いただけで、いったい誰が今シーズンを棒に振るほどの肘の損傷を予測できただろうか。

「非常に残念だが、前に進むしかない」ソーシア監督は言う。「スケジュールは動き続けている。大谷がわれわれにとって特別な存在であったのは確かだが、それでも前進しなければならない」

エンゼルスのGMビリー・エプラーによれば、ピッチャー以外で試合に出ることは可能かもしれないということだった。医者の許可が出れば、リスクを球団側が判断した上で、投手としては出場せず、打者として復帰ということも考えられるだろう。

二刀流選手の大谷は、誰もが1世紀近くやらなかったことを成し遂げようとしていた。その輝かしい投打双方のプレーでもたらされる興奮は、メジャーリーグだけでなく、世界の野球界を沸かせていた。

メジャーデビュー後、投手としては4勝1敗、防御率3.10、49と1/3イニングを投げて61奪三振を上げている。打者としては打率.289、6本塁打20打点を記録した。    

これだけの活躍を見せたにも関わらず、大谷は故障者リスト入りし、メジャーデビュー1年目は右肘の状態に左右されることになりつつあった。

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ひたすら幸運を祈る

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