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彬子女王殿下が、ロンドン郊外の空港のチェックインで「さんざん待たされた」特別な理由とは?

彬子女王

2024年04月22日 公開

彬子女王殿下が、ロンドン郊外の空港のチェックインで「さんざん待たされた」特別な理由とは?

現在、皇族としてのご活動だけでなく、日本美術史の研究者としても活躍される彬子女王殿下が、英国のオックスフォード大学マートン・コレッジに留学中のある日のこと。

ロンドン郊外の空港を利用されたときに、一緒に行かれた日本の友人の方々は、赤や紺のパスポートでスムーズにチェックインが終わったのですが、なぜか彬子女王殿下のパスポートだけが「なかなか通らない」という体験をされたそうです。いったいその理由とは――。

※本稿は彬子女王著『赤と青のガウン』(PHP文庫)より、一部を抜粋編集したものです。

 

パスポートは茶色で、外交官がもつものと同じ

皇族は「日本国民」ではない。戸籍や住民票はないし、国民健康保険には加入させてもらえない。だから海外旅行をするときに発行されるパスポートも、普通の赤や紺の表紙のものではない。

表紙に「外交旅券」と書いてある茶色のパスポートで、外交官がもつものと同じである。外交官は個人旅行用の普通の旅券と、仕事用の外交旅券の2冊をもっているそうだが、私はこの外交旅券1冊だけ。そして、海外渡航の際には基本的に1回限りしか使えないものを渡される。

つまり、普段は海外旅行をするたびに新しいパスポートを発行してもらわなければならないのである。でも留学中はいつ英国から外に出るかわからない。そういうわけで、留学期間中有効で、どの国にも渡航可能な外交旅券をつくってもらっていた。

さて、空港でチェックインするときにこの茶色いパスポートを出すと、大きく分けて3通りの対応をされる。まったく意に介しない人、気づいてパスポートと私の顔を見比べて「にやっ」とする人、このパスポートが何かわからず解明しようとする人である。

オランダのライデン大学で開催される考古学のワークショップに出席するために、ロンドン郊外のスタンステッド空港でチェックインをしたときのこと。一緒に行った日本の友人たちは赤や紺のパスポートでスムーズにチェックインが終わる。でも私のパスポートはなかなか通らない。

担当のおばさんが、茶色のそれをひっくり返したり、赤い光に当ててみたり、パソコンに何やら打ち込んでみたり。ついには同僚を呼んでこそこそ相談している。どうやら外交旅券をみたことがない様子。格安航空会社がメインの空港なので、外交官が乗り降りするようなことはほとんどないのかもしれない。

さんざん待たされた挙句 、「何の問題もないと思うけど、ちょっと待っていて」といい残し、私のパスポートをもって奥に消えていった。5分後、涼しい顔で戻ってきて椅子に座るおばさん。そして私の目をみつめてひと言、「あなたほんとうにプリンセスなの?」。

「そうですけど......」と答えると、「まあ、光栄ですわ!」とカーティシー(軽く膝を曲げてするお辞儀)をしながらチケットを発行してくれた。

 

「日本のプリンセスだから?」「Oh......」

こちらは「このまま飛行機に乗り込めなかったらどうしよう」とどきどきしていたのに呑気なものである。そして、隣で一部始終をみていた友人の一人は「ほんとうにああいうお辞儀をするんだね」となんだか楽しそうだった。

そのほかにも、このようなことがあった。たしかドイツからロンドン郊外の空港に戻ったときの入国審査場のことである。パスポートのスタンプを押すページの端が2センチほど破り取られていることを詰問された(偽造パスポートをつくろうとする人がページの一部を破り取ることがあるからだそうだ)。

「以前アメリカを出国する際、ホッチキスで留められていたビザを取るときに破れたのだと思います」と答えたが、まだ何やらぶつぶついっている。

眉間にしわを寄せたおばさんが次にした質問は、「ところで、なんであなた外交旅券もってるわけ?」である。返答に困ったが、「日本のプリンセスだから?」と正直に答えてみた。するとそのおばさん、3秒ぐらいの沈黙ののち「Oh......」とつぶやいた。

そしていつも入国のときにされるような、「どこの学校に行っているんだ」とか、「何を勉強しているのか」という質問はなく、「無知でごめんなさいね」といいながら、おずおずとスタンプを押してくれた。

英語で名前が書いてあるのだから、わかってくれてもよさそうなものである。でもよくよく考えてみると、日本からの往復のときなどは大使館の方たちが対応してくださるが、留学中のプライベートな旅行は私一人で移動する。

スーツ姿の大使館の方たちを引き連れて、上品な帽子でもかぶっていたら別なのだろうが、スーツケースを自分で運び、ジーンズにセーター姿で目の前に立っている女の子が、まさか本物のプリンセスだとは思えなかったのだろう。

 

大都会フランクフルトの空港に着くはずが......

ヨーロッパを移動するときは時間や費用の問題から、ときに格安で有名な航空会社を使うこともあった。ドイツのハイデルベルグで研究会があり、英国から出かけたときのこと。行き先はフランクフルト空港で、調べるととても安いチケットがあったので、これは良いと予約をした。

出発当日、眠い目をこすりながら、朝5時くらいにオックスフォードを出発して飛行機に乗った。空港を飛び立って2時間ほどすると、目的地が近づいたとのことで飛行機が高度を下げはじめる。

でも、大都会フランクフルトの空港に着くはずなのに、眼下にみえる景色はただの野原。建物らしきものが何もない。もしかして間違ったチケットを買ってしまったのかと、とてつもない不安感に襲われて一気に目が覚めた。

しかし、残念ながら私の不安が裏切られることはなく、その機体は私の知っているフランクフルト国際空港ではなく、野原の真ん中にぽつんとある空港に意気揚々と着陸してしまったのである。

入国審査を終えて外に出てみても、その小さな空港にあったのはホットドッグを売っているスタンドとレンタカー屋さんだけ。「ここはほんとうにフランクフルトなのだろうか」「もしかしてドイツにはもう一つフランクフルトという町があったのかも......」と、考えはどんどん悪いほうへ。

悩んでいても仕方がないので、一念発起してインフォメーションで「ここはほんとうにフランクフルト空港ですか?」と聞いてみた。すると、ここはたしかにフランクフルトだが、フランクフルト国際空港ではなく、フランクフルト・ハーン空港で、陸軍の基地が民間に払い下げられてできた空港であると教えられた。

とりあえず最悪の事態は避けられた。そして数時間に1本しかないバスを待つのに2時間ほどかかったので、予定時間より到着は遅れたけれど、目的地のハイデルベルグ大学にその日のうちにたどり着くことはできた。

到着後にドイツ人の友人に「フランクフルト・ハーン空港に行っちゃった」と話したら、「えっ、ハーン? あそこをフランクフルトと呼んだらだめだよね」といわれてしまったのだった。

そういうわけで、自分の予約した格安航空券は危ないと気づいた私。帰りはいくつかの町の日本美術コレクションを調査してハンブルグから帰る予定にしていた。そこで、フランクフルトと同じ轍を踏んではいけないと、ハンブルグにはいくつ空港があるかと友人に聞いてみた。

すると「ハンブルグに空港は一つだけで、市内から車で20分もあれば着きますよ」とのこと。そんなに近いのだったらと、長旅で荷物も大きいので帰国の日はタクシーを使うことにした。

 

「空港までとにかく無事に着きますように」......

帰国当日、スーツケースをトランクに積みながら、運転手さんに空港までの時間と料金を尋ねる。「20分くらいで30ユーロ」というので、妥当だろうと思い車に乗り込む。でも運転手さんは英語があまりできないので、きちんと伝わっているか少し不安になった。

念のため、プリントアウトしておいた飛行機のEチケットをみせて、そこに書いてある文字を指さしながら、「ハンブルグ・ルーベック空港にお願いします」と頼んだ。するとそれまで笑顔だったその運転手さんが、運転席から怪訝な顔をして振り向き、「ハンブルグ空港に行きたいのか? それともルーベック空港に行きたいのか?」というのである。

「え、ハンブルグ・ルーベック空港に行きたいんですけど」というと、「ハンブルグにルーベック空港はない。ルーベックは隣の市だから、ルーベック空港に行くんだったら1時間くらいで109ユーロだ」といわれてしまった。

混乱する頭を整理してとりあえず出た答えは、「おそらくルーベックがあとに来るということは、ハンブルグ空港ではなく、ルーベック空港なのだろう」ということ。

ほかにルーベック空港に行く手段はないかと聞くと、「電車はない。バスはあるかもしれないけど、どこから出るのかは知らない」という。すでに時刻は飛行機の出発時間の約1時間半前。私にはそのままタクシーに乗ってルーベック空港に向かうという選択肢しか残されていなかった。

追い詰められて、「じゃあ、ルーベック空港でお願いします」といってはみたものの、最初はいんちきタクシーにだまされたのではないかと思ったりもした。しかし、数分車を走らせると標識にルーベック空港の文字。

とりあえず選択肢が間違っていなかったことへの安堵感と、「ああ、やっぱりそうだったのか」というがっかり感がないまぜとなり、思いは複雑。まさか、ハンブルグ・ルーベック空港がハンブルグ(にそこそこ近い)ルーベック空港のことだったとは、とんだ落とし穴である。

しばらくすると車はアウトバーンに入る。ふと外をみると、車窓からの景色がすごいスピードで流れてゆく。いままでみたことのない速さだったので、恐る恐るメーターを確かめると、その針がさすのはなんと時速180キロメートル。思わず目まい。

車はベンツだったし、運転手さんもプロなのでそう簡単に事故は起こらないだろうと、頭のなかで理解はできる。でも、「彬子女王、格安飛行機に乗るための空港への道中で交通事故」という新聞の見出しだけは避けたい。空港までとにかく無事に着きますようにと祈ったのだった。

 

「安いのには理由があると思い知らされた旅だった」

運転手さんが急いでくれたからであろう、70分かかるといわれていた空港に40分くらいで到着した。それまでかなり節約して旅をしていたので、100ユーロ札が手元から消えていく瞬間のあの切なかった気持ちはいまも忘れることができない。

長距離の客に運よく出会えた運転手さんはにこにこして帰っていく。そして、その後すぐにハンブルグからのバスがたった5ユーロだと知ることになり、なんともやりきれない気持ちになったのだった。

こうして、どうにかたどり着いたルーベック空港。国際空港なのにプレハブ造りである。床は工事現場の足場のような鉋のかかっていない板張り、お手洗いは簡易トイレ、出国審査官と思しき人はみすぼらしいガラスの箱のようなものに窮屈そうに入っている。

茶色のパスポートはとくに問題もなくスタンプを押され、国際線の待合室に移動。すると、ロンドン行きの飛行機のゲートにはでかでかと「リーズ行き」と書いてある。また違うところに連れていかれたらたいへんと、近くに座っていた人のチケットをちらっとみると、みなロンドン行きと書いてあったのでとりあえずほっとした。

それからあとは何ごともなく無事、英国に帰り着くことができた。安いのには理由があると思い知らされた旅だった。ヨーロッパ圏では英語は通じるし、事前にきちんと行き方を調べなくなったのがこの事件の原因なのは確かである。慣れというのは怖いものだ。

これ以降、ヨーロッパを格安航空機で旅をするという友人には、事前に空港がどこにあるかを確かめるようにとアドバイスすることにしている。みなさんもくれぐれもご注意を。


 

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