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なぜ痴漢被害者の高校生は中傷された? 理不尽な炎上を助長する“思考停止した人たち”

石井光太(作家)

2024年01月25日 公開

なぜ痴漢被害者の高校生は中傷された? 理不尽な炎上を助長する“思考停止した人たち”

現代ネット社会では、毎日のように「炎上」が巻き起こっている。中には「炎上しても仕方がない」と思われるようなものもあるが、時には、理不尽な炎上によって、言われなき誹謗中傷を受けたという人たちもいる。

本記事では、そんな理不尽な炎上の一つとして、「痴漢抑止バッジプロジェクト」の例を取り上げる。ノンフィクション作家の石井光太氏による取材から、炎上の背景にある「日本社会の歪みの正体」に迫る。

 

なぜ痴漢被害に苦しむ女子高生に誹謗中傷が殺到したのか

2015年、マスコミ各社は、Stop痴漢バッジプロジェクトが「痴漢抑止バッジ」を製作したことを報じた。痴漢被害に苦しんだ高校2年生の少女が、考案した痴漢対策グッズだった。

日本では、多くの女性が初めての性的な経験を痴漢によって強いられている。愛するパートナーより前に、見知らぬ男に体を触られている現状があるのだ。

――安心して電車やバスに乗って、毎日学校へ行きたい。

少女はそんな願いで痴漢を防ごうと、このバッジを作った。だが、社会の反応は予想外のものだった。ネット上で、彼女やバッジに対する誹謗中傷が噴出したのだ。

次はその中の一例である。

<とても痴漢されそうにないブスほどこれ付けたがる未来が見えましたな。>
<触られたくらいで騒ぐ女がバカ。男にモテなくて魅力がない免疫がないブス。>

なぜ、人々はこんな罵詈雑言を平気で発するのか。ネットの言語空間の乱れが指摘されて久しいが、今なおそんな言葉が飛び交う背景を、この問題から考えてみたい。

 

入学式の翌日から毎日のように痴漢被害を受け続けた

事の経緯から記そう。

殿岡たか子が東京都内の高校に入学したのは、2014年のことだった。家から学校までは距離があり、電車を利用しなければならなかった。

最初に痴漢に遭ったのは、入学式の翌日だった。満員電車で傍にいた男性から、唐突に身体を触られたのだ。あまりの恐怖で体が凍りついた。話には聞いたことがあったが、実際に被害に遭ったショックは途方もないものだった。

今日は運悪く痴漢に遭遇しただけだ。殿岡はそう自分に言い聞かせたが、その後もほとんど毎日のように見知らぬ男性に胸や臀部を触られた。悪質なのは、加害者が同一人物ではなかったことだ。車両や時間を変えても、別の男性に痴漢の標的にされる。

彼女は特に派手な格好をしているわけでもなく、どちらかといえば地味で品の良いタイプだ。なぜこんなにも痴漢に狙われるのか。どうしていいかわからず、学校に着くなり担任の教師に泣きついたり、自室でむせび泣いたりしたりしたこともあったが、何の解決策にもならなかった。

殿岡は、自分で何とかするしかないと考え、部屋で痴漢に遭った時に「やめてください!」と声を上げる練習をくり返した。だが、実際に車内でそう叫ぶと、周りの人たちは助けてくれないばかりか、加害者は「俺じゃねえよ。ふざけんな!」と開き直って逆上したり、急いでその場から逃げ去ったりした。

 

痴漢被害がピタリと止んだイラスト入りのカード

最初に殿岡が加害者を捕まえたのは、入学から一年が経った2015年の4月のことだった。警察に教わった通り、その場で加害者の手をつかみ、周囲の乗客に助けを求めた。しかしこの時も周囲の乗客は黙っているだけだった。そのため、彼女は自分一人で加害者の手をつかんだまま駅のホームに降り、駅員に引き渡さなければならなかった。

それからが大変だった。駅に警察官が呼ばれ、殿岡と加害者は警察署へ連れて行かれ、調書を取られた。痴漢被害について事細かく聞かれ、マネキンを自分に見立てて被害状況を説明する。その日の取り調べだけで5時間を要した。

16歳の殿岡にとって精神的な負担は大きかったが、相手が痴漢常習者だと知って、絶対に泣き寝入りしないと心に誓った。加害者の弁護士から持ちかけられた示談も断った。

しかし裁判の結果は、殿岡にとって信じがたいものだった。再犯だったにもかかわらず、執行猶予が付き、加害者はそれまで通りの社会生活を営むことが許されたのだ。

殿岡は語る。

「女子高生があれだけ被害と勇気と時間をかけて捕まえても、犯人は普通に社会で生活できるんです。それなら示談にしてお金をもらった方がマシと考える人がいても不思議ではありません。だから痴漢がなかなかなくならないという一面もあるのです。

私はこのまま被害に遭いつづけるのは絶対に嫌だと思っていました。それで母と相談し、『痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません!』と書いたイラスト入りのカードを作り、それをピンで学生鞄につけることにしました。痴漢の抑止になるんじゃないかと考えたのです」

このカードは想像以上の効果を発揮し、痴漢被害がぴたりと止んだ。彼女の母親は、痴漢被害に苦しむ他の女性たちにも知ってほしいと考え、一連の出来事をSNSに書き綴った。

これに目を留めたのが、母親の友人の松永弥生だった。松永は殿岡の行動力に感心する一方で、10代の少女が一人でこんなカードをつけなければ安心して電車に乗ることすらできない現実に心を痛めた。

それで母親と殿岡に話を持ち掛け、「Stop痴漢バッジプロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトによって痴漢抑止カードをモデルにした缶バッジに製作し、啓発活動を行うことにしたのだ。

 

「痴漢=冤罪」という先入観が生み出した誹謗中傷

この一連の経緯を知れば、ほとんどの人が痴漢と戦った殿岡の勇気を讃え、プロジェクトの意義を理解して賛同するだろう。

だが、冒頭で述べたようにメディアがこのことを報じた時に起きた反応は真逆だった。情け容赦ない罵詈雑言が、殿岡やプロジェクトに向けられたのである。

<女子高生発案の『痴漢抑止バッジ』、女性にも渋い顔される そらこんなのつけてる奴とか、自意識過剰の冤罪増産キチガイとしか思えないからな>
<冤罪増殖シールか もう痴漢は逮捕しなくていいよ>
<痴漢を犯罪じゃなくせば解決やね>
<「(冤罪を)泣き寝入りさせます」バッジの間違いだろ>
<もうこれからセクハラや痴漢は全部嘘だと思っていこう>

松永たちは、これらの言葉に一つひとつ目を通し、なぜこういう発言が生まれるのかを考えた。そこにはかならず社会背景があると思ったからだ。

人々がネットに書き連ねた誹謗中傷には共通する特徴があった。発言者たちの多くが、痴漢=冤罪という前提で物事を考えているのだ。

前出の松永は次のように述べる。

「世の中には痴漢=冤罪というイメージが広まっています。だから痴漢をなくそうという声が上がると、男性たちは痴漢冤罪を増やすなという意見が出て来て、いつの間にかそういう話にすり替わってしまう。私見ですが、痴漢冤罪論が広まったのは、映画『それでもボクはやってない』が公開されたことが大きかったんじゃないでしょうか」

2007年に公開された映画『それでもボクはやってない』は、『Shall we ダンス?』で知られる周防正行監督が初めて制作した社会派映画だ。この作品は、日本の司法制度の歪みを扱ったものだが、無実の人間が痴漢に仕立て上げられるというストーリーだったため、痴漢冤罪の部分だけが独り歩きしていったのだ。

松永はつづける。

「痴漢冤罪は、メディアの人たちにも浸透しています。ドラマで痴漢が扱われる時は冤罪事件ですし、これまで何度も記者さんから『痴漢冤罪が多いことをどう思うか』と意見を求められました。

しかし、調べていただければわかるのですが、痴漢冤罪が多いとか、増加しているといった統計はどこにもありません。むしろ、痴漢冤罪より、痴漢をされても泣き寝入りしている女性の方が圧倒的に多いはず。それなのになぜか痴漢には冤罪の話がずっとついて回るのです」

 

痴漢冤罪を恐れるあまり、攻撃的になる人たち

弁護士相談プラットフォーム「カケコム」の調査では、日本の女性の64%が痴漢被害の経験があると回答している。だが、警察庁の発表では、2022年に痴漢で検挙された人の数は1906人しかいない。これだけでも、どれだけ多くの痴漢事件が闇に葬られているかがわかるだろう。

「痴漢の加害者は罪を逃れるために、冤罪をよく訴えます。女性に声を上げられても『俺じゃない』『僕は無実だ!』と冤罪を訴えることで犯行を否定しようとする。

あるいは、『たまたま手が当たっただけでわざとじゃない』と言い訳をする。加害者は、決定的な証拠がなければ捕まらないのを知っているので、冤罪だと主張することで逃げようとするのです」

これは私の体験からも納得できる。これまで私は3回、電車の中での痴漢に遭遇したことがある。都内の西武池袋線、千代田線、小田急線で、同じ車両の女性が「やめてください」などと声を上げていたので、近くにいた私が間に入って話を聞いたのだ。

加害を指摘された男性たちは、一様に「俺はやってない」「ぶつかっただけ」と犯行を否定していたが、どの主張も信憑性に欠けていた。西武池袋線のケースでは、男性は「腰が当たっただけ」と弁明していた。

しかし、土曜日の空いている電車で男性の腰が女性に何度も当たるだろうか。千代田線と小田急線ケースに至っては、男性が話し合いの最中に「やってないって言っているだろ!」などと逆上し、話の途中で電車から降りて早歩きで去ってしまった。本当にやっていなければ、逃げるような真似をするわけがない。

このような男性に対して、10代から20代の女性が一人で立ち向かって、罪を認めさせることなど不可能に等しいだろう。場合によっては、居直った加害者から危害を加えられるリスクがある。泣き寝入りするのは仕方のないことなのだ。

ちなみに、最近は痴漢行為も巧みになっており、両手でつり革につかまりながら女性に腰を押し付けたり、触らないものの犬のように臭いをかいだりすることもあるらしい。また、性的な行為ではなく、ぶつかるという行為で女性と身体接触をしようとする者もいるという。

松永は話す。

「痴漢事件には、加害者と被害者とは別に、その周りに居合わせた人たちがいます。痴漢をしていないけど、同じ車両の近くに乗り合わせている人たちです。彼らは満員電車に乗る度に痴漢に間違えられないか心配していますし、時に加害者が『冤罪だ!』と言っているのを見ると、いつか自分も罪を着せられるのではないかと恐れます。やっていない人ほど痴漢冤罪を心配する。

私は、ネットで誹謗中傷をしているのは、そういう人たちが多いんじゃないかと思っています。社会で痴漢を捕まえようという機運が高まれば、自分まで痴漢の濡れ衣を着せられるのではないかと怯える。それで自分を守るために、痴漢防止の声を上げている人たちを攻撃しているように感じるのです」

松永の言葉を要約すれば、社会の次のようなプロセスで痴漢冤罪を支持する声が高まることになる。

1.加害者が罪を逃れるために「冤罪」を主張する。
2.メディアもそれを題材に物語を作る。
3.一般の人たちは、痴漢冤罪が多いと勘違いする。
4.自分も罪を被せられるかもしれないと恐れる。
5.そんなことは許してはならないと考える。

このように思考を狭められた人たちが、ある日ニュースで「高校生が痴漢被害を避けるために痴漢抑止バッジを作った」という記事を見たらどうなるだろう。

彼らは自分が疑われるのではないかと怯え、自己防衛のために反対意見を発信する。先に紹介したプロジェクトに対する誹謗中傷は、そのような流れの中で沸き起こった言葉ではなかったか。

次のような言葉はそれを示しているように思える。

<身体が触れたら痴漢って言ったら、ラッシュ時に乗っている男は全員痴漢。>
<ラッシュ時に痴漢のように取られる行動をしてしまうのは避けようのないこと。>

痴漢の被害者の気持ちに寄り添うよりも先に、自分を守るために痴漢を取り締まろうとする人を攻撃する。それがネットの誹謗中傷となって顕在化している可能性は高い。

 

「痴漢被害者にも責任がある」という大誤解

痴漢冤罪とは別に、もう一つ痴漢の被害者を苦しめている言説がある。被害者の自己責任論だ。今回の件では、次のような意見も多数あった。

<まずは男を挑発する格好をやめてからにしような。>
<挑発するような恰好をする女子高生が悪い。>
<触られたくなきゃ、制服のスカートをあんな短くしなきゃいい。>

ここから垣間見えるのは、電車の中で男性が痴漢の衝動を抑えられなくなったのは、女性が挑発的な格好をしていたせいだという理屈だ。悪いのは、加害者ではなく、犯罪を誘発させた被害者だというのである。

おそらくこれは、痴漢をしたことのない人々の中から生まれた発言だと思われる。なぜならば、痴漢の被害に遭う人は、むしろ挑発的な格好をしていない人の方が多数だからだ。

松永は次のように説明する。

「痴漢されやすい子は、派手で目立つタイプではなく、逆に地味でおとなしい子が大半なんです。スカートの丈も校則どおり、ちゃんと制服を着ている子ばかり。なぜかわかります? 加害者の目には、きっとこの子は声を上げないだろう、抵抗しないだろう、と映るからです。だからそういう子ばかりが狙われる。

にもかかわらず、世の中には、スカートを短くしたり、化粧や香水をつけていたり、シャツのボタンを開けていたりする子が被害に遭っているという反対のイメージがあります。だから『被害者が悪い』という間違った意見が出てきてしまうんです」

私も取材で痴漢被害者に多数会ってきたが、一様に控えめで物静かな子が多い印象だ。また、発達障害や知的障害のある女性たちも痴漢に遭う率が非常に高い。これなども、加害者が泣き寝入りしやすそうな女性を狙っていることを示しているだろう。

さらに松永はこうした先入観は男性だけでなく、同性である女性も抱きやすいと指摘する。彼女の言葉である。

「女性の中にも痴漢されやすい人と、そうでない人がいます。そうでない人は、実体験がありませんし、被害実態を詳しく聞くこともないので、痴漢についてほとんど理解していません。

スカートの中に手を入れられるような痴漢があることすら知らない子もいる。痴漢と言ったって、せいぜい肘と胸がぶつかったとか、手の甲が一瞬お尻にふれたくらいでしょと思っているんです。

そういう人たちは、痴漢被害に遭った友達から相談を受けても、的外れなアドバイスをしてしまうことがあります。

『スカートをもっと長くしたら』とか『髪を染めてるからじゃん』といったように被害者に責任があるような言い方をする。すると、被害者は誰にも相談できなくなってしまうのです」

 

「痴漢冤罪」と「自己責任論」という二重のプレッシャー

取材で知り合ったある女性がいる。彼女は私立中学に進学したことで、12歳から電車通学をはじめた。背が小さく、静かそうな外見だったためか、通学の時はほぼ毎日、ひどい時には同時に2人から痴漢されたこともあったそうだ。性器に指を入れられる、スカートを破かれるといったことまであったという。

彼女は通学中の痴漢への恐怖から学校へ来ても勉強が手につかなくなった。このままでは進級さえ危うくなる。彼女は勇気をふり絞って担任の女性教師に相談した。すると、女性教師はこう言い放った。

「痴漢は隙のある子を狙うからね。あなた、ポニーテールにしているのがいけないんじゃない? 一度ショートにしてみたら?」

彼女はこの言葉に大きなショックを受けた。先生から「あなたが悪い」と突き放されたような気持ちになったのだ。彼女は学校に相談するのを諦め、恥を忍んで母親に相談した。母親はこう言った。

「なにそれ、お母さんは高校からあなたが生まれるまでずっと電車に乗ってたけど、そんな経験一度もないわよ。なんで、痴漢になんて遭うのよ。そもそも、あんたまだ中一でしょ。男の人から相手にされる年齢じゃないわよ。なんかの勘違いなんじゃない?」

母親は娘が痴漢の被害に遭っていることさえ疑ったのだ。彼女はそれ以降誰にも相談することができなくなり、大学生を卒業するまでずっと痴漢の被害を受けつづけたそうだ(大学卒業後は、痴漢被害を防ぐために、会社から徒歩圏内で一人暮らしをした)。

この事例からもわかるように、同性だからといって、かならずしも理解し、適切なアドバイスをくれるわけではない。むしろ、被害者を責めたり、疑ったりするような言葉をかけることすらある。悪気はないにせよ、そうしたことが被害者を余計に萎縮させているのである。

 

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