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川村元気が小説で描く、個人的な恐怖「祖母の認知症を受け入れられなかった」

川村元気(小説家)

2024年04月10日 公開

川村元気が小説で描く、個人的な恐怖「祖母の認知症を受け入れられなかった」

小説家、そしてフィルムメーカーとしても活躍する川村元気さん。時に社会問題にも鋭く切り込む川村さんの作品は、一体どのようにして生まれたのでしょうか? 「創作の原動力」について、お話いただきました。(取材・文:髙松夕佳、写真:宇壽山貴久子)

※本稿は、月刊誌『PHP』2024年5月号より、一部編集・抜粋したものです。

 

恋愛のあらゆる形を見せたいと思った

映画に小説、絵本、翻訳と多様な作品を手がけてきましたが、僕がやっているのは一貫してストーリーテリングです。記憶や概念的なものを描くときは小説。視覚、音響的な情報が多い場合は映画。表現方法は違えど「物語」で伝えることに興味があります。

公開中の映画「四月になれば彼女は」は、僕の恋愛小説が原作です。といっても、この作品の主人公は「恋愛感情を失った」精神科医です。

小説一作目の『世界から猫が消えたなら』では死ぬこと、二作目の『億男』ではお金と、人間がどんなに賢くなってもコントロールできないテーマを描いてきたので、次は恋愛を描こうと思いました。そうしたら編集者に「恋愛小説はもう売れない」と言われ、ショックを受けました。

僕はいつも執筆前に入念な取材をします。周囲の20代の女性に恋愛について聞くと、多くの人が「恋人はいらない」と言い、30代以上の既婚者からも「夫が好きだ」という声はほとんどなかった。とはいえ、彼女たちも10代のころは嫉妬で苦しんだり、失恋したりしていたという。

それでは、恋愛感情はどこにいったのか。この謎こそが物語になる。恋愛ができなくなった人たち、「ラブレス」をテーマに書いてみようと思ったのです。かつて恋愛していた様と、いま愛を失った様。同じ人間の2つの時代の恋愛を描くことで、その差分が恋愛をかたどるのではないかと。

主人公を精神科医にしたのも、取材がきっかけです。夫婦関係の相談を受けている精神科医に話を聞くと、「時間やお金を奪われ、感情を乱される恋愛は非効率なので、現代人が避けたがるのは当然でしょう」と答える。

一方で、その精神科医は「実は自分も妻とセックスレスで悩んでいる」と言うのです。他人の問題は冷静に分析できるのに、自分の問題になると対処できない。これこそ現代の人間だ、と直感しました。

100人以上取材する中で、性に奔放な人、アセクシャルの人やゲイの人、昔の恋を引きずっている人など、さまざまな恋愛感情のあり方に出合いました。それらを一つの小説の中に盛り込み、恋愛のあらゆる形を見せたいと思ったのです。

とはいえ小説と映画では特性が異なります。サブプロットが豊かなほうがおもしろい小説と違って、映画はメインの筋が優先になる。脚本でどこを削るかの判断は大変でしたが、映像と音という小説にはない映画の強みを存分に生かせたのは幸せでした。

 

人間にコントロールできないものに興味がある

幼いころから、「なぜ世の中はこうなっているんだろう」と、定番や常識を疑う子供でした。

今でもよく覚えているのが、小学校で図工に使う粘土板を用意するよう言われ、ピンクを買っていったら、僕以外の男子は全員ブルー、女子はピンクを持ってきていたこと。「お前、男なのにピンクか」といじめられて、泣きながら青を買い直したときに味わった「社会に負けた感」を今も引きずっています。

両親の影響も大きいと思います。映画の仕事をしていた父親は映画をたくさん見せてくれましたし、母親がクリスチャンなので、幼いころから聖書を読んで育ちました。

あらゆる物語のフレームをほぼ網羅していると言われる聖書が頭に染み付いているので、僕の作る物語は映画も小説も聖書由来です。人間にコントロールできないものに興味があるのも、そのせいでしょう。

高校生から20代までは、よくリュック一つで旅に出ていました。60都市は回ったでしょうか。初めての街は少し怖いけれど、2、3日歩くうちに、ここにはおいしいレストランがある、ここは景色がいい、ここは危険だ、とわかってくる。そうして自分が街になじんで、感覚が拡張していく過程がすごく好きなんです。物語を作ることは僕にとって、バックパッカーとしての「あの感じ」を体験することでもあります。

認知症になりさまざまなことを忘れていく母と、その母と触れ合う中で思い出を取り戻していく息子を描いた小説『百花』を書いたのは、僕の祖母が認知症になったから。

祖母に忘れ去られ、他人のようになってしまうことが受け入れられなかったのです。祖母の頭の中はどうなっているのか。人間にとって記憶とは何なのか。それを知りたくて、認知症を徹底取材し、執筆していった。

恐怖の正体がつかめれば、もう怖がらずに済む。自分の不安を解決する手段として、僕は小説を書いているのです。自分が解決したい問題について取材をしていると、次第に筋道が見えてきます。見えた筋道を物語に変換し、未知の世界を理解することによって、自らの身体が拡張していく快感と安心感。それが僕の創作の原動力です。

 

ささいな違和感が「みんなのテーマ」につながる

川村元気

聖書を読む中で、「神」をめぐる不条理が気になっていました。神は人間を救う一方で、翻弄もする。世界にはさまざまな神がいて、誰もが自分の神が一番だと思っている。

そんな違和感を、宗教二世がテーマの小説『神曲』で描いたところ、刊行直後に、冒頭で描いたのと同じような事件(安倍元首相銃撃事件)が起きた。個人的な不安やフラストレーションは、それが切実であるほど世界とつながっているのだ、と強く感じました。

物語を作る上で最も大事なのは、社会が抱える課題や変化に「一個人として」少し早く気づくことであり、いかにそれと切実に向き合うか。

「あれ、周りの人が誰も恋愛してないな、なぜだろう?」といったささいな違和感でも、深く調べ、考えていくと「人間は他人の問題には対処できても、自分の問題は解決できない」という真理に到達したりする。発見した真理が物語になるころには、みんな同じような問題意識を持つようになっている。「みんなのテーマ」になっているのです。

今準備している新作小説も、「犬や猫を飼う人がとても増えたな」と「ネットの中がけんかだらけだ」という2つの違和感に端を発しています。

コロナ禍もあって動物と人間の関係が依存と言えるほど近づいた一方で、人間同士の交流のために生まれたはずのSNSは、争いと誹謗中傷の場になっている。両者には同じ「コミュニケーションの問題」という根っこがあると気づいたとき、これは小説として書けると思いました。

鋭いアイデア一つで書き始める人も多いとは思いますが、僕は複数のテーマが重なり一つの強いテーマとなるまで取材を繰り返します。そうして物語の密度と強度が上がったところで書き始めるのです。

 

ヒットが続くことはないと知っているから

川村元気

映画を作り始めたのが25歳と早かったので、現場では常に最年少。ずっと若手のつもりでしたが、映画「四月になれば彼女は」ではついに年下の監督と仕事をしました。数えてみたら手がけた映画は40本以上、とっくにベテランだったんですね。

若いときはセンスである程度できていましたが、再現性がなければ「一発屋」で終わってしまう。このままでは長くは続かないと感じていたので、30代後半のとき、宮崎駿さんや坂本龍一さんなど60代になっても第一線で活躍する方たちに話を聞きに行きました(対話集『仕事。』)。

どんなにヒット作を出しても、この状態が続くことはないと知っているので浮かれませんし、失敗しても絶望しません。人間が調子に乗った結果すべてを失うという戒めが満載の『聖書』を読んで育っていますから(笑)。常に新人のつもりで疑問に思ったことに向き合い、新しい発見をしつづけていきたいです。

自分にとって切実なテーマは一所懸命考えながら作るから、結果的にヒットや賞にもつながりやすい。それが叶わなくても、物語にすることで自分の恐怖や不安が解決されるのだからそれでいい。仕事というより、自分が生きることと物語を作ることがイコールになっているから、作りつづけられるのだと思います。

説明するだけではピンときてもらえないことも、物語にすれば読者や鑑賞者に自らの体験として伝えられる。そこが物語のおもしろいところですし、映画でも小説でも、そういう作品を今後も作っていきたいです。

 

【川村元気(かわむら・げんき)】
1979年、神奈川県生まれ。「告白」「悪人」「おおかみこどもの雨と雪」「君の名は。」「怪物」などの映画を製作。2011年、優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。初の小説『世界から猫が消えたなら』は世界累計200万部を突破。『億男』『神曲』『仕事。』など著書多数。’22年、自身の小説を原作として、脚本・監督を手がけた「百花」は、第70回サン・セバスティアン国際映画祭にて日本人初となる最優秀監督賞を受賞。本年、著作『四月になれば彼女は』が映画化され、3月22日より全国公開中。

 

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