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立憲主義と自民党改憲案―憲法の本質を問う

伊藤真(弁護士/伊藤塾塾長)

2013年07月17日 公開 2022年12月21日 更新

立憲主義と自民党改憲案―憲法の本質を問う

自民党の憲法草案には96条や9条よりも根本的な問題を孕む改変がある。弁護士で伊藤塾塾長の伊藤真氏が、日本が立憲主義国でなくなる可能性を指摘、憲法の本質を問う。

※本稿は、『憲法問題 なぜいま改憲なのか』(PHP新書)の内容を、一部抜粋・編集したものです。

 

憲法とは? 立憲主義とは?

みなさんは憲法について、どのような印象を持っているでしょうか。

「世の中にはいろいろな法律があるけど、憲法は法律の親分みたいなものでしょ」

このように、憲法は法律の最上級版で、すべての法律のベースになるものだと考えている人は多いでしょう。

しかし、憲法が法律の最上級版という見方には誤解があります。なぜなら、憲法と法律は、そもそも成り立ちが異なるからです。

法律は、市民が守るべきルールです。たとえば私たちが飲酒運転をすれば、道路交通法という法律に違反したとして検挙されます。私たちが税金を納めるのも、所得税法をはじめとした税法があるからです。こうした法律のおかげで、私たちは安全な社会生活をおくることができます。

では、憲法はどうでしょう?

じつは憲法は、国家を縛るルールです。社会の秩序がめちゃくちゃにならないように法律が市民を取り締まるのと同じように、国家がおかしなことをしないように一定のルールを課す。それが憲法の役目なのです。

日本国憲法(以下、現憲法)第九十九条には、こう書かれています。 

現憲法 九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

この条項は憲法を尊重して守る義務(憲法尊重擁護義務)について定めたものですが、対象者に国民は含まれていません。このことからも、憲法を守るべきなのは国民ではなく国家のほうであることを理解していただけると思います。

では、どうして国家を縛るルールが必要なのでしょうか。

それは、ときに国家権力が暴走して、私たちの生活を脅かすことがあるからです。国家が何の制約もなく好きに法律をつくってよいのであれば、税金だって取り放題だし、気に食わない人は逮捕し放題になるかもしれません。それを防ぐために、憲法によって国家を縛りつけておくのです。

このように憲法によって国家を律して政治を行うことを、「立憲主義」といいます。近代国家は立憲主義にもとづいて政治が行われています。

つまり、およそ近代国家と呼ばれる国はどこでも、国家権力に制限をかける憲法を持っていることになります。もちろん日本も立憲主義で政治を行う国の1つです。

憲法は、国家を縛るための重要なルールです。この点は時代が変わっても変わりありません。ところがいま、その大事な憲法に改正の動きがあります。

自主憲法の制定を党是として掲げている自民党は、2012年4月27日に「日本国憲法改正草案(以下、改憲案)」を発表しました。これは日本国憲法の一部を書き換えるというレベルではなく、全体を見直す改憲案になっています。

改憲案を発表した当時、自民党は政権与党ではありませんでした。しかし、2012年12月に政権交代をして第二次安倍内閣が発足しました。以後、憲法に関する議論が活発になっています。

憲法のことがみなさんの話題にのぼるのはいいことだと思いますが、気がかりなのは、改憲案の内容が、近代国家の基本といえる立憲主義からかけ離れた内容になっていることです。象徴的なのは改憲案の以下の条項です。

改憲案 百二条1
全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

憲法を守る義務があるのは、国民ではなく国家です。ところが改憲案は、国民のほうに憲法を守ることを強いています。これは立憲主義とは正反対の考え方であり、改憲案は近代国家における憲法のあり方を根底から無視しているといわざるを得ません。

立憲主義がないがしろにされれば、国家が国民に保障している自由や権利はさまざまな制約を受けるでしょう。

国家が憲法を守らなくていいことになれば、政府に批判的な表現活動をしている人が何らかの規制を受けたり、財政難を理由に最後のセーフティネットである生活保護費が削られたりする可能性だってあります。

そのような生きづらい社会にしないために、憲法は立憲主義の原則から離れてはいけないのです。

 

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人権が軽視されて、国民に義務を課す憲法に

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