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【連載:和田彩花の「乙女の絵画案内」】 第10回/ボッティチェリ『春(プリマヴェーラ)』

和田彩花(アイドルグループ「スマイレージ」リーダー)

2014年02月07日 公開 2015年04月24日 更新

 

サンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)

初期ルネサンスを代表する画家。当時、権勢をふるっていたメディチ家の当主ロレンツォの庇護を受けた。1445年イタリアのフィレンツェに、皮なめし職人の息子として生まれる。フィリッポ・リッピの工房で修業し、その後、アントニオ・デル・ポッライオーロやアンドレア・デル・ヴェッロッキオ工房にも学ぶ。師フィリッポ・リッピの死後、みずからの工房を構え、フィレンツェで第一線の画家として活躍。『春(プリマヴェーラ)』や『ヴィーナスの誕生』(ともにウフィツィ美術館蔵)などの傑作を残す。ローマのシスティーナ礼拝堂の壁画も制作するなど活躍するも、その死後、功績は忘れられ、19世紀にラファエロ前派に見出されたことで、ふたたび名声が広まった。

 

知りすぎた存在

 

 ルネサンス期を代表する画家、ボッティチェリの絵は、おそらくずっと前から、それこそ私が絵画の魅力に気づく以前から観ていたのだと思います。

 存在は知っていたし、すごいなぁと感じていたのですが、とくに好きとか嫌いとか考えたことはありませんでした。

 あまりにも有名すぎる絵って、なんだか全部わかっている気がしてしまうことってありませんか? でも、その絵に何が描かれているかよく観てみると、意外とわからないし答えられない。

 日常生活においても、おなじみの存在すぎると、あえてじっくり考えることはありませんよね。でもほんとうは、長い時間を経て私たちの前にあるものこそ、すごいものなんです!

 レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた 『モナ・リザ』(ルーヴル美術館蔵) も、おそらく世界でいちばん有名な絵ですが、あらためて考えてみると謎だらけ。

 同じように、ボッティチェリの絵も「知ってる絵だ!」と思っちゃって、自分で追究しようとは考えられませんでした。

 この連載にあたって、いろいろな絵について勉強していくなかで、初めてその魅力に気づくことができたのです。

 『春(プリマヴェーラ)』に描かれているテーマは、古代の神話です。そこにはたくさんの謎があり、専門家たちのあいだでもさまざまな解釈がなされています。

 でも、あえて難しいことを考えなくても、この絵が壁にかかっていたら、それだけで楽しくなっちゃいますよね!

 実際、この絵は当時の大富豪の家に飾られていたそうです。こうした豪華な絵を毎日観ながら暮らすことができるなんて、考えただけでわくわくします。

 ボッティチェリの生きたルネッサンスの時代には、王家や諸侯などのパトロンが芸術家を支援することで、画家の生活が成り立っていました。ボッティチェリ自身も、当時のイタリアで実権をにぎっていた銀行家・メディチ家に支援されています。

 パトロンが注文して、絵画が描かれ、しかもそれが何世紀にもわたって注目される名画となる。

 画家が自分の描きたい絵を描くことが主流となった近代、現代からすると不思議な制度ですが、当時のイタリアではそのほうが当たり前でした。

 あの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチだって、イタリアのいろいろな都市国家を、自分の才能を買ってくれる人のために渡り歩いていたそうです。

 この白い壁に何か絵を描いてくれとか、この椅子に装飾をしてくれとか、美術の教科書に出てくるようなすごい芸術家たちに、ふつうに頼んでいた人たちがいるのかと思うと、なんだか変な気分になります。

 画家に自由に想像する場所を与えることも、当時のパトロンにとっては大きなステイタスだったのでしょう。画家も、注文された絵という制限があるなかで、ギリギリまで新しいことにチャレンジしていったのだと思います。

 

神様たちのお芝居

 

 絵の内容について観てみましょう。

 私がまず気になるのは、絵の左側に描かれている3人の女性。美・貞節・愛を象徴する“三美神”だといわれているそうです。

 3人で手をつないで、何をしているのでしょうか。踊っているようにも見えます。シースルーの生地を身にまとっていて、神秘的な雰囲気です。この3人のうちのだれかを、頭上から目隠しをしたキューピッドが狙っています。

 中央にすっと立っているのは、美の女神ヴィーナスです。美の女神なのに、表情も華やかなわけではなくどこか不満げで、地味な印象ですね。なぜでしょうか?

 それぞれの登場人物やその行動が、いったい何を意味しているのか。これまでもさまざまな解釈が論じられてきました。

 たとえば、この絵はイタリアの都市をそれぞれ絵の登場人物として擬人化したものという解釈もあるそうです。

 そう考えると、当時のイタリアは、フィレンツェやヴェネチアなどいくつかの都市国家に分かれていましたから、固まって仲良さげな神様たちがいたり、その横に不機嫌そうな神様がいるのも、納得できるような気がします。どの神様がどの地方を表しているのか、考えるのも楽しそうです。

 いちばん右に描かれている神様は、西風の神ゼフェロス。正直いって、かなり不気味に見えます。ゼフェロスは若い女性を追いかけているようですね。逃げる女性の先には、妊娠したように見える女性がいます。

 この逃げる女性と妊娠した女性は、同一人物だともいわれています。同じ絵のなかに、1人の女性の過去と未来が存在しているのです。だから、お互いの存在に気づいていないんですね。

 この絵のタイトルである“プリマヴェーラ”は、春の女神のこと。花の衣装を着た女神のことだといわれていますが、これにも諸説あるようです。

 いくつか例をあげただけでも、1枚の絵のなかにこんなにたくさん謎がある! まるで神様たちが絵のなかでお芝居をしているようにも思えてきます。

 ボッティチェリが、『春(プリマヴェーラ)』にこめた謎の正解にたどりつくことは、もしかするとだれにもできないのかもしれません。

 

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コミュニケーションツールとしての絵画

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