1. PHPオンライン
  2. 生き方
  3. <サッカー>ホームレス・ワールドカップ日本代表奮戦記

生き方

<サッカー>ホームレス・ワールドカップ日本代表奮戦記

蛭間芳樹(日本代表「野武士ジャパン」監督)

2014年06月24日 公開 2015年04月28日 更新

初戦アルゼンチン、キックオフ

 2011年8月23日、午後1:30。野武士ジャパンの初戦はアルゼンチン。彼らの自立に向けた戦いの笛が鳴った。

 対戦相手を見て「みんなマラドーナみたいだな」と試合前に語っていたが(メッシと言わないところが野武士ジャパンの平均年齢の高さを暗示している)、現に圧倒的な技術と体力の差があった。

 まるでプロチームに幼稚園チームが挑むような光景。それ以前に、会場の雰囲気にのまれ、普段の練習の成果を思うように発揮できない選手たち。当然だが、私もコーチとしては初の国際試合だった。

 7分ハーフの前後半ともに終始ぺースを握られ、立て続けの失点。結果は0-12の大敗。2、3回、シュートできた場面もあったが、最後までゴールネットを揺らすことができない。

 得点を奪える気がしなかった。しかし、最後まで点を決められても下を向くことなく、がむしゃらにゴールを狙う一生懸命さはとぎれなかった。それは、厳しい練習や代表合宿を経た彼らのパフォーマンスであり、私たちスタッフのみならず観客にもしっかり伝わっていた。

 予選リーグを全敗で終え、下位チームが集うグループに入ることになった。

 

罵倒のミーティング

 勝利がチームの目的ではないとはいえ、このままで終えていいという者は誰もいない。

 何をどうすれば点が取れるのか、取られないのか、試合に勝てるのか、徹底的に話し合った。状況論や技術論だけをすればするほど雰囲気が悪くなり、犯人探し、個人を非難するようになる。

 そこで、野武士ジャパンがここに来た意味をもう一度考えた。私たちのゴールは試合の勝ち負けではない、自分自身との戦い、最後まであきらめずに自立を目指すことだ。チーム理念と目標の原点回帰が重要だった。きれいごとと聞こえるかもしれないが、私は世界のホームレスの人たちとサッカーを通じて真っ向から戦い、コテンパンにされつつも何度も起き上がる野武士ジャパンの選手たちを信じた。人生のラストチャンス、ここで逃げれば、もう戻れない。選手、コーチ、スタッフが本音をぶつけた。

 2次予選リーグの初戦はフィンランド。しかし結果は1-10だった。

 ここで、さらなる悲劇がチームを襲った。キャプテンの姫宮さんが左腕を試合中に骨折した。強烈なシュートに体が持たなかったのだ。

 彼はキャプテンとしての責任と、パスポート取得のため戸籍回復に協力してくれた姉との約束を果たすために懸命だった。スタッフが病院に連れて行き、ギプスなどの応急処置をし、翌日から始まる順位決定戦への参加は見送りとさせた。この時点で、試合参加可能な選手は6人となった。

 フランスでは初めてのホームレス日韓戦も実現した。

 韓国チームとは、開会式や空き時間などで交流をしており、また日韓のホームレス問題の背景や状況も類似していることから親近感を持っていた。一方で、日韓戦というと何とも言い難い特別な感情を覚えたのも事実だった。善戦したものの結果は0-3、完封負けだった。

 対スロベニア=2-12、対オーストラリア=4-8、対キルギスタン=1-9。

 2次予選も全敗、惜敗も惨敗も負けは負けだ。懸命にプレーしている姿は疑いようのない事実だ。誰一人としてサボつていない。でも、勝てない現実。

 長期的な目標は選手の自立であるが、目の前の1勝ができなくて、選手は楽しいはずがない。険悪な空気が漂う中、試合後のミーティングが始まった。

 「負けるとわかっている試合に出る意味あるんですか? コーチ!」 

 「どんなに一生懸命ボールを追いかけても、何もできない。俺たちにはどうしようもできない状況だ」

 「相手のレベルか全然違うよ。歯が立たない。だって、コーチたちよりうまいじゃん」

 「俺がフリーなのに、なぜパスが来ない?」

 「自分勝手なこと言うなよ。あんな状況で出せるかよ」

 「お前、なめてんのか……」

 普段からの練習の成果を出せれば自分たちのプレーがもっと発揮できるのではないか、という思いもあったが、客観的に見て勝てる相手ではない。

 平均年齢が半分ほどの若い相手ばかりで、基礎体力が違う。ゲームのルールが攻撃側に有利に設計されているために、均衡を保ち得点機会を探るゲーム展開をするというよりは、得点を取れるだけ取る、取られたら取り返すというアグレッシブなスポーツだった。

 「One goal,one step」これはパリ大会出場にあたって野武士ジャパンが掲げたスローガンだった。ホームレス・ワールドカップにも選手がゴールを決めることで、1つずつ自立へのステップを歩んでいくというコンセプトがある。試合のルールも、それを反映した巧みなものとなっている。

 しかし、基礎技術と体力の絶対的レベルが劣っている野武士ジャパンの選手にとっては、八方塞がりの酷な状況でしかなかった。

 

このまま逃げて帰るのか

 「勝負に挑むつもりがないならピッチに立たなくていいです」

 「ここで辞退して日本に帰ることも1つの選択肢だと思います。だとすれば、このチームはここで解散です。サッカーをしない選択。あきらめる選択をするのはみなさん自身です。私たちは、意思のある人たちをサポートしているに過ぎないんです」

 「あとは選手だけで考えて、私たちに明日からの試合をどうするかを報告してください」

 最後は感情任せに言ってしまった。いや、深く考えても同じことを言ったのかもしれない。

 

<書籍紹介>

ホームレス・ワールドカップ日本代表の あきらめない力

蛭間芳樹 著

サッカーには、もう一つのワールドカップがある。その出場条件はホームレスであるということ。人生の再出発を懸けて男達が世界と戦う。

<著者紹介>

蛭間芳樹 (ひるま・よしき)

1983年、埼玉県宮代町生まれ、サッカーによるホームレスの自立支援、スポーツによる社会変革を活動目的としたホームレス・ワールドカップ日本代表「野武士ジャパン」監督をボランティアで務める。宮代町立笠原小学校(人生の原点)卒業ののち、2009年、東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻卒(工学修士)、同年株式会社日本政策投資銀行入行、営業部門を経て現在、環境・CSR部BCM格付主幹。現職のほか、東京大学生産技術研究所 都市基盤安全工学国際研究センター協力研究員、世界経済フォーラム(ダボス会議)リスク・レスポンス・ネットワーク パートナー、一般社団法人日本再建イニシアティブ「日本再建に向けた危機管理」プロジェクトコアメンバーなどを兼職。政府関係、民間、大学の公職多数。専門はCivil Engineering。都市災害軽減工学と金融の専門技術を活用した企業、コミュニティ、都市のリスクマネジメントとレジリェンス向上に向け精力的に活動。日本元気塾「個の確立とイノベーション」第一期生。第4回若者力大賞ユースリーダー賞(公益財団法人日本ユースリーダー協会)、フロントランナー(朝日新聞be on Saturday)、越境リーダーシップ(ウィルソン・ラーニング ワールドワイド株式会社)、異色の銀行マン(エコノミスト)、世界が瞠目する新セカイ人リーダー(幻冬舎「GOETHE」)など様々な分野で自身の活動が注目されている。防ぎ得た死や損失の最小化のために危機管理戦略の構築と実装、レジリェンスという言葉や価値観の正確な普及、存在の多様性が認められる包摂社会の実現を目指す。

著書に『責任ある金融』(KINZAIバリュー叢書、共著)、「日本最悪のシナリオ9つの死角」(新潮社、共著)、「気候変動リスクとどう向き合うか――企業・行政・市民の賢い適応」(きんざい、共著)がある。

関連記事

アクセスランキングRanking

前のスライド 次のスライド
×