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「うつ」を治すための周囲のサポートとは

大野裕(精神科医)

2014年11月28日 公開 2023年01月19日 更新

大野裕

親しい人がうつ病にかかったら

相手が親しい人の場合、私たちはその人が抱える問題を、どうしても軽く考えてしまいがちです。その人の性格や生活ぶり・働きぶりをよく知っていますから、うまくいかないことがあっても、健康だったときと比較して、そんなはずはないと、現実を見ないようにしてしまう傾向があるからです。自分がその人のことを頼りにしている場合には、なおのことその傾向が強くなるので注意する必要があります。

ただ、腹が立ったり心配になったりしたときにその気持ちを抑え過ぎるのも問題です。表面的には取り繕っていても、言葉や態度の端々にその気持ちがでて、かえって患者さんの気持ちを傷つけてしまうことになりかねません。うつ病の患者さんは、自分が拒絶されるのではないかと心配して人間関係に極端に敏感になっています。ですから、そうしたネガティブな気持ちを少しでも感じ取ると、自分の世界に閉じこもってしまいます。

そのようなときには、その心配を率直に伝えたほうがよい場合があります。そのときには表現に気をつけて穏やかに言う必要があります。患者さんのことを心配しているということはもちろん、どのように考えてそのような心配な気持ちになっているかということも具体的に伝えるようにしましょう。

そのときに大事なのは、こうした気持ちを解決するためにできることがあるかどうかを話し合うことです。

たとえば、主婦の方がうつ病にかかった場合、家事がはかどらないのに食事を作ろうとしたり、食器が汚れたまま残っていたりすると、まわりの家族はどうしても気になってしまいます。そのときには、そのような状態を責めないことはもちろんですが、「病気なのだから仕方ない」とただ慰めるだけでなく、外食をすることや家族が手分けして食事の後かたづけをするなどの解決策を検討してもよいでしょう。

ただし、どうしても解決できない問題があることも確かです。精神的なエネルギーがわいてこないために横になってゴロゴロしていることが多いときに、エネルギーがわいてくるまで待つ必要があることはすでに説明した通りです。まわりでそれを見ているのがつらい場合には、入院を検討したり、まわりの人たちが交代で世話をするなどして、周囲の人たちが気分転換を図るのもひとつの方法です。

 

原因を追及し過ぎない

うつ病の患者さんに接するときには、原因を追及し過ぎないようにすることも大切です。うつになった原因がはっきりしている場合にはそれを解決していくことが役に立ちますが、原因探しは悪者探しになることが多いので注意しなくてはなりません。

一時、精神的な問題の原因は、子どもの頃の母親との関係が良くなかったことにあるといった、母親攻撃型の考え方が流行したことがあります。いまでもそうしたことがいわれることもありますが、これは学問的には根拠がないことです。また、仮に原因が母親にあったとして、子どもの頃のことをもち出しても母親に対する恨みが強くなるだけで、問題は何も解決しません。いまの問題から目をそらして、解決が先に延びるだけのことです。現在の問題に目を向けて、一緒に解決することこそが大切なのです。

うつ病の場合、患者さん自身に攻撃が向くこともあります。思うように仕事が進まないで悩んでいるうつ病の部下に対して、上司が「どうして仕事が進まないんだ」と言って理由を探ろうとしても、抑うつ状態それ自体のために仕事の能率が落ちているのですから、それ以外の原因がはっきりしないことがよくあります。部下の手助けをしたいという善意からであっても、「どうして」と聞かれると、患者さん自身は責められているような気持ちになってきます。

しかも多くの場合、「どうして」という言葉は使わないほうがいいようです。この言葉に対して、私たちはあまり良い感情をもっていません。母親が子どもに「どうして勉強しないの」「どうして遊んでばかりいるの」と言うときには、単にその理由を尋ねているのではなく、勉強しない、あるいは遊んでばかりいることを非難するニュアンスを含んでいます。気持ちが沈み込んでいる場合には、他の人の言葉に敏感になっていて、とくにマイナスに感じやすいので、注意しなくてはなりません。

そもそも、精神的な悩みは、いろいろな原因が複合的に作用して起きます。職場の人間関係や仕事の問題、家庭の問題、友達との問題、社会的な問題など、多くのことが影響しています。患者さん自身の性格や体調なども関係します。ですから、どの問題がどの程度関係しているかをていねいに考えて、解決の方法を探っていく必要があります。

 

著者紹介

大野裕(おおの・ゆたか)

精神科医

1950年、愛媛県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。コーネル大学医学部留学、ペンシルベニア大学医学部留学、慶應義塾大学教授を経て、現在は、独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長。医学博士。日本認知療法学会理事長。
著書に、『はじめての認知療法』(講談社現代新書)、『こころが晴れるノート』(創元社)、『不安症を治す』(幻冬舎新書)などがある。認知療法活用サイト「こころのスキルアップ・トレーニング:うつ・不安ネット」(ウェブ・モバイルともにhttp://www.cbtjp.net)を発案・監修している。

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