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先端医療? 先進医療? 標準治療? 東大病院を辞めたから言える「がん」の話

大場大(東京オンコロジーセンター代表)

2015年12月13日 公開 2023年01月12日 更新

『東大病院を辞めたから言える「がん」の話』より

 

がんの正しい治療を選ぶための基礎知識

 がん保険商品の説明などでしばしば目にする「先端医療」や「先進医療」という言葉の意味について、みなさんはどれほど正確に理解されているでしょうか。「先端」や「先進」という言葉のもつ響きや、保険の効かない高額治療であるということから、何やらミラクルを引き起こす「ハイグレード治療」というイメージが誤って蔓延しているようです。
 そこで、「正しい治療とは何か」という点について、一般の読者の方でも最低限知っておくべき(にもかかわらず、あまりにも知られていない)基礎知識について解説していきます。
 冒頭に挙げた「先端医療」「先進医療」の説明の前に、まずは保険診療枠で行われている「標準治療」の定義について考えていきましょう。

 

「標準治療」という名の最善治療

 「標準治療」の意味をまだまだ誤解している方が多いようです。じつは、車の「標準」装備などといった言葉で使用されるような「平均、普通レベル」という意味では決してありません。例えば、スティーブ・ジョブズ氏ですらも、膵臓由来の悪性腫瘍(正式には膵内分泌腫瘍)の治療においては、当初は様々な民間療法に陶酔してしまったようなのですが、病気の悪化にともなって結果的には「標準治療」のもとに戻ってきたそうです。

 すなわち、「標準治療」とは「世界中どこの先進国であっても通用する、推奨レベルのもっとも高い治療」のことを指します。安全で有効性が確認されているベストな治療であるからこそ、誰も知らない秘密のものにしておく必要はありません。世に広く標準化されることで、同じ病気を抱える世界中の患者さんに等しく恩恵を与えることが期待される、いわば「最善治療」のことを指すのです。

 ただし、「標準治療」とはいっても、例えば米国ではこの標準治療を受けるだけで、非常に高額な治療費が請求されるのです。経済的な理由のために、受けたくても「標準治療」を受けることができない患者さんは、じつはたくさんいらっしゃいます。高額な治療費用が「副作用」のひとつとして考えられているくらいです。

 しかし、日本では国民皆保険制度で保障されている「高額療養費」の申請によって、一定の自己負担金しか支払わなくても、みなが等しくそれを受けることができます。そのせいなのか、「標準治療」の本来の価値が正当に評価されていないようにもみえます。

 ある意味、当たり前に享受できる治療になっているために、「先端医療」や「先進医療」といった何かキラキラしたイメージに心惹かれてしまう人間の性のようなものがあるのかもしれません。

 

先端医療、先進医療という「キラキラワード」が招く誤解

 「先端、先進というからには、厚生労働省がお墨付きを与えた高級治療ではないのか」こういったイメージを抱いている人が意外と多いことに驚きます。それは大きな誤解であることを以下で説明していきましょう。

 まず「先端医療」とは、勝手につけられたキャッチコピーのようなものです。医学的にも行政的にも意味をもたない、私的な造語にすぎません。例えば、巷のクリニックレベルで行われている免疫療法や、大学病院で薦められる研究治療などのほとんどがこれに当てはまります。「安全で有効」という患者さんの利益よりもお金儲けや研究者の業績としてしか考えられていない場合がほとんどなので、それらを選択する際には、いくら自己責任とはいえ十分な注意が必要でしょう。

 一方で「先進医療」は、一応は行政上でも認められている用語です。これは保険診療との併用が認められているものの、現段階ではまだまだ「安全で有効」であることが十分に確立されていない暫定的な治療のことを指します。それらの中には、確かに将来的に有望な「標準治療」になるものも出てくるかもしれません。しかしその反面、効果がないものも含まれていることでしょう。たとえるならば、プロ入りが期待されている有望なアマチュア選手のような段階です。本当にプロになれるのか、臨床試験というテストで試されている最中のものがほとんどなのです。ところが、すでに確立された立派な高級治療のごとくメディアなどを介して盛んに取り上げられることが少なくありません。基本的には保険診療枠で実施されている「標準治療」に勝る治療ではないにもかかわらず、です。

 例えば、2012年に、「NHKスペシャル」で、こうした報道がありました。まだ臨床試験の最中であったにもかかわらず、膵臓がん患者への「がんペプチドカクテルワクチン」があたかも「夢の治療薬」のごとく大手を振って放送されたのです。ところが、このワクチン治療がその後どうなったかといいますと、第三者機関が行った中間解析の結果、主要評価項目であった全生存期間(寿命)の有意な延長が達成される可能性が低いことがわかり、この試験は早期に中止となりました。要するに、効果がなくてテストで失格とされてしまったのです。

 しかし、当時放映された番組内では、このがんワクチンが劇的に効果を示したとされる個別ケースが、誇大に強調されていたのです。このように目新しいものだからという理由で、テストの結果も出ていないうちから過度の期待を寄せるのは注意したほうがよい、ということです。

 

「高額=レベルの高い治療」という大いなる勘違い

 そもそも、このような報道バイアスは、本来は高額である「標準治療」が、日本では特別安価で当たり前のように受けることができる「慣れ」に対する反動から発生しているともいえるでしょう。高いお金を支払うのだから、先端や先進のようなキラキラした冠がついていればきっとレベルの高い治療なのだろうと思われることは、人情としてよく理解できます。

 しかし実態は、海のモノか山のモノかもわからないような商品がたくさん紛れ込んでいる、ということです。

 今や、そのような冠のついた詐欺まがい治療を扱うクリニックの開設が全国何百カ所も相次いでいるそうです。これは、世界中の先進国を見渡してもこの国ならではの「医学(サイエンス)を理解できない」恥ずべき特異現象だといえます。しかしそうはいっても、それだけの需要があるからこそ成り立っているわけです。もしかしたら、行政が厳格に取り締まりのできない何かウラでもあるのでは、とも勘ぐりたくもなってしまいます。

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本当に切らずに治せるのか?「粒子線治療」

著者紹介

大場大(おおばまさる)

東京オンコロジークリニック院長

1972年、石川県生まれ。外科医、腫瘍内科医。医学博士。金沢大学医学部卒業後、がん研有明病院等を経て東京大学医学部附属病院肝胆膵外科助教。外科医と腫瘍内科医の両方の専門性を有するがん治療専門医。2015年に退職し、セカンドオピニオンやがん相談を主とした「東京オンコロジークリニック」を開設。著書に『がんと著書に『がんとの賢い闘い方「近藤誠理論」徹底批判』(新潮新書)がある。

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