お江戸ル・ほーりーの「江戸はスゴイ」
2016年10月21日 公開 2024年12月16日 更新
世界一幸せな人びとの浮世くらし
あなたは江戸時代って、どんな時代だったと思いますか?
もしかすると、武士や一部の金持ちが威張っていて、庶民が虐しいたげられた暗黒時代だったんでしょ? というネガティブなイメージを持っていらっしゃるでしょうか。いやいや、とにかくエコな循環型社会だったんでしょ? というポジティブなイメージでしょうか。時代劇や落語がお好きな方は、よくは知らないけど、なんだか素敵な時代だったんでしょ? という漠然としたプラスイメージを持っているかもしれませんね。あるいは、学校で勉強しているけれど、つまらなくて全然頭に入らない……という学生さんもいるかも。きっと十人十色の江戸時代観があることでしょう。
私は、江戸時代はスゴイ時代だった、特に江戸という都市は、同時代の世界を見回してみても、他に類を見ない、エキサイティングな町だったと思っています。そう考えるきっかけになった一枚の絵がありますので紹介させてください。
これは『江戸名所図会』(著:斎藤月岑ほか/絵:長谷川雪せつ旦たんほか)という江戸時代の人=江戸人が江戸人のために書いた江戸名所のガイドブックの冒頭に掲載されている絵です。
え? 別に平凡な絵じゃない? むしろなんか物足りない……と思ったあなた。あなたの感性は正しいです。だってこの絵には、江戸時代の江戸の市街地を描いたガイドブックなら絶対に描いてあってほしいはずのモノが描かれていないんですから。そう、城です。江戸城が描かれていないんです。実際に、江戸城には明暦3年(1657)以降、天守がなかったのですが、それにもスゴイ理由が……(詳しくは本書をご参照下さい!)。
描かれているのは庶民が暮らす城下町。タイトルに「江戸東南の市街より内海を望む図」とあるように、日本橋を中心とした下町地区から江戸の前海(いわゆる江戸湾。現在の東京湾)にかけての情景です。朝日が昇って照らし出された市街地は、実に賑やか。びっしりと立ち並んだ屋根の隙すき間ま を縫ぬ うように走る道筋には、すでにたくさんの人影があり、水路にも、はるか沖の方までも船が出ています。名もなき庶民の活気あふれる日常が、目に浮かぶようではありませんか。
私はこの、まるで「庶民が主役」といわんばかりの描き方を、とても新鮮に感じると同時に、自分が無意識に、江戸は「武士が主役」の町だと思い込んでいたことに気づかされて、ハッとしました。もちろん、武士が政治を行なう幕府が置かれ、そのために開発されたわけですから、そういう側面はあります。しかし一方では、確かに「庶民が主役」の町でもあったのです。
江戸の庶民は、実にイキイキと町を闊歩していました。例えば歌川広重の「東海道五十三次 日本橋朝之景」は日本橋を渡る参勤交代の武士たちの行列が描かれた有名な浮世絵ですが、左下にご注目ください。ちゃんと庶民の姿も描かれているんです。武士たちには目もくれずに行商に出かけようとする彼らは、「朝の忙しい時間に行列で道ふさがれちゃたまんねぇや!」とでもいいたげ(笑)。少なくとも時代劇などでよく見かける、参勤交代の大名行列を土下座で見送る庶民、というような、卑屈な雰囲気はありませんよね。
武士のために造られた江戸の町で、当時、世界最高レベルのインフラの恩恵を享受しながら生活を営み、時に文化の担い手になったのが江戸の庶民だったのです。
本書は、『江戸名所図会』のような版本(木版で印刷された本)や、「東海道五十三次 日本橋朝之景」のような浮世絵など、江戸人によって描かれた絵画史料(一部、明治時代に描かれたものもありますが)を駆使して、皆さんに「庶民が主役」の江戸の町がいかに魅力的で、面白くて、スゴイ場所であったのかをご覧に入れようという趣向になっています。絵画史料と補足説明のキャプションだけをパラパラななめ読みしていただくだけで、当時の息遣いが感じられるのではないでしょうか。
また、ちょっと気になるので江戸を覗のぞいてみたいというビギナーさんにも、もともと江戸が好きで、さらによく知りたいという方にも楽しんでいただけるよう、山東京伝、十返舎一九 、葛飾北斎など、絶対押さえておきたいビッグネームの有名な作品とともに、ものすごくマニアックな作品もぶっ込んでおきました。どれも私が惚れこんだ、選りすぐりの作品です。図版や参考文献の出典は巻末にまとめて掲載してありますので、気になる作品があったら、ぜひ追いかけてみてください。
※PHP新書『江戸はスゴイ』 はじめにより抜粋編集