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テレビ界、視聴率至上主義の愚昧

月尾嘉男(東京大学名誉教授)

2011年08月08日 公開 2022年09月28日 更新

テレビ界、視聴率至上主義の愚昧

"視聴者の視点で番組を制作 放送局はこう主張するが……

 話は2年前に遡る。2009年に放送されたテレビジョン番組の年間視聴率(関東地区)で、1位は内藤大助と亀田興毅が対戦したボクシングの試合、2位は大晦日のNHK紅白歌合戦であったが、3位から6位までは3月に行なわれたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本対韓国戦、そして10位も日本対アメリカ戦であり、半分をWBCの試合が独占した。3年前の王ジャパンに続き、この年も原ジャパンの優勝が期待されたので、野球好きの日本人としては当然の結果かもしれない。

 しかし、WBCを企画したアメリカではESPNが全試合を中継したが、平均視聴率は1.4%でしかなかった。

 そもそもWBCは、来年のロンドン・オリンピックで野球が競技種目から外されたため、アメリカのメジャー・リーグ・ベースボール(MLB)が急遽企画した興行である。サッカーのワールドカップに似ているようであるが、200カ国以上の予選を勝ち抜いた32カ国が大会に出場するのとは違い、WBCは予選もなく、MLBが指名した国だけの大会である。

 さらに不透明なことは、WBCの収益の3分の2はMLBとMLB選手会が頭から取り、優勝した日本には13%が配分されただけであった。ようやく日本のプロ野球のオーナー会議も、2013年に開催予定の次回のWBCでは、日本野球機構(NPB)への分配金を増やすように要請することになったが、アメリカではWBCはMLBの金稼ぎの興行という意見も一部にはあり、テレビジョン中継に煽られた日本人にとっては、興醒めするような経緯である。

 これは一例でしかないが、海外とは違う日本独特のテレビジョン文化は数多くある。

 クイズ番組は各国で放送されているが、筆者の海外での経験では、大半は素人が参加して、正解であれば跳び上がって喜ぶという番組であり、日本のように芸能人中心のお笑い番組の形式はほとんどない。

 スポーツの実況放送の場合も、半可通の芸能人が番組の進行に参加して解説する番組は、日本独特のものである。これらは、日本が開拓した独特の文化と理解できなくもない。

 しかし、多数の政治家が参加して、芸能人とともに面白おかしく討論する政治番組、科学の背景にある理論や哲学を理解しているとは思えない芸能人が進行する科学番組、一列に並んだコメンテーターと称する人びとがニュースについて毒にも薬にもならない解説をする報道番組など、筆者の経験の範囲では、日本でしか放送されていない番組は多数ある。

 放送局は、一般の視聴者の視点で番組を制作するためと主張するが、それは国民を見下ろした視線である。

日本ではテレビ番組もガラパゴス王国に突入

 このような番組が氾濫する根拠は単純ではないが、重要な根拠が視聴率であることは明白である。

 民間放送局の収入源の大半である広告料には、視聴率に連動して単価が決定される仕組みがある。広告料を支払う企業にしてみれば妥当な仕組みかもしれないが、放送局にしてみれば硬派な番組を努力して制作しても、視聴率が得られなければ、放送局の収益構造に影響するから、安価な制作費で視聴率を確保できる方向に邁進する。その成果が、この日本の現状なのである。

 かつて筆者は、環境問題を理解してもらう番組を企画し、ある企業に費用を提供してもらうことも了解を得て、放送局と打ち合わせをしたことがある。その会議で娯楽番組を得意とするプロデューサーの最初のひと言は、「なんとか制作できそうな企画だが、問題が一つある。それは月尾先生が進行役になると視聴率が獲れないので、芸能人に代わってほしい」ということであった。ここまで視聴率至上主義は蔓延しており、結局、番組は中途半端な内容で放送されることになった。

 この潮流の歯止め役として期待されるのは、広告収入に依存しないNHKであるが、最近は民間放送局に接近している。

 報道番組や科学番組にも芸能人が登場し、地域の歴史や民俗に精通しているわけでもない俳優が、「美しい」とか「素晴らしい」という感想を連発するだけの旅行番組などが急増している。NHKの幹部に理由を質問すると、高齢化している視聴者層を若年化するための戦略という回答であったが、低年齢層は別の理由でテレビジョンから離れている。

「ガラパゴス現象」という言葉は、国際的な事実標準(デファクト・スタンダード)とは別の通信規格を使用していた日本の携帯電話が、国際市場では相手にされず、孤立し低落していったことから名づけられたものである。

 ところが、このような工業製品だけではなく、医療、大学教育などのサービス産業、さらには日本人の思考そのものがガラパゴス状態になっていると指摘されているが、テレビジョン番組も一国のみで独自文化を形成するガラパゴス王国に突進している。

経済界の視点から優良番組を推挙

 数年前、何人かの企業経営者と話をしたときに、大半の経営者が同じように民間放送局のテレビジョン番組の現状を憂慮しておられた。

 しかし、考えてみると、その憂慮される番組の制作資金を提供しているのは企業であるから、企業が低俗と判断する番組に広告料を支払わなければ解決するのではないか、という結論になった。

 そこで数年間の準備をして2009年4月に立ち上げたのが、以下に説明する「優良放送番組推進会議」(以下、会議)である。

 この会議の趣旨や概要はホームページ(http://good-program.jp/)に掲載してあるが、テレビジョン番組の現状に関心のある企業で構成する組織が、毎月一回、分野を決めて選択した番組を社員が採点して公表するという仕組みである。採点は3点、2点、1点、0点、マイナスの5段階とするが、マイナスは勘定しないで平均点を算出し、公表している。また、ビデオリサーチ社の視聴率調査の結果と対比できるよう、男女とも3年齢層に分けた6集団の点数も公表している。

 趣旨は、番組を良否で判断すると表現の自由に抵触しかねないが、優良な番組を推挙することにより、番組の向上に役立てたいということである。

 2年前に記者会見をしたとき、番組を提供している企業からの圧力ではないかという質問があったが、参加企業で番組を提供していない企業も半分くらいあり、母集団の曖昧なビデオリサーチ社の視聴率調査と比べれば、企業の社員の見解、さらに拡大すれば、経済界の見解を明確にしているということになる。

 ここで、どのような調査結果になるかを実例で紹介したい。まず本年4月7日から13日までの1週間、東京地区の地上放送で放送されたNHKと民間放送局5局の32の報道番組についての結果である。回答者数は388名で延べ回答数は4,341になっている。上記の1週間に視聴した番組についてのみ、前述の5段階の評点をつけて回答し、その合計点を延べ回答数で割算した数字が評点になっている。したがって、一人平均11番組を視聴した結果ということになる。

 以下には全体の順位だけを紹介するが、それぞれの平均点や性別、年齢階層別の点数にも関心がある読者は、ホームページに公開されているので御覧いただきたい。1位は「クローズアップ現代」(NHK)、2位は「ニュース7」(NHK)、3位は「ニュースウオッチ9」(NHK)とNHKが上位を独占し、以下は「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)、「おはよう日本」(NHK)、「NEWS ZERO」(日本テレビ)となっている。

 同一の時期のビデオリサーチ社の視聴率を比較すると、1位が「ニュース7」(NHK)、2位が「報道STATION」(テレビ朝日)、3位が「真相報道バンキシャ!」(日本テレビ)、4位が「おはよう日本」(NHK)、5位が「ニュースウオッチ9」(NHK)、6位が「サンデーモーニング」(TBS)となっているが、会議の順位では「報道STATION」は8位、「真相報道バンキシャ!」は15位、「サンデーモーニング」は7位となっている。

 一方、会議の調査結果で上位であった「ワールドビジネスサテライト」は、視聴率では29位、「NEWS ZERO」は11位である。これ以外に、両者の評価の乖離の大きい番組をいくつか列挙すると、「日曜討論」(NHK)は会議の結果が9位であるが、視聴率では25位、「シューイチ」(日本テレビ)は最下位の32位と10位、「週刊ニュース深読み」(NHK)が10位と16位、「めざましテレビ」(フジテレビ)が11位と7位などである。

 もう一例紹介する。本年5月11日から17日に放送されたバラエティ番組と総称される68番組の調査結果であるが、会議の評価順位と視聴率順位を示すと、「世界一受けたい授業」(日本テレビ)は両者とも1位、「ホンマでっか!? TV」(フジテレビ)が2位と7位、「開運! なんでも鑑定団」(テレビ東京)が3位と23位、「潜入! リアルスコープ」(フジテレビ)が4位と54位、「大改造!! 劇的ビフォーアフター」(テレビ朝日)が5位と47位である。

 ここでも両者の乖離の大きい番組が登場しており、視聴率で上位の番組と会議での評価を比較してみると、同様の関係が多数ある。「ぴったんこカン★カン」(TBS)は視聴率1位であるが、会議の評価では32位、「世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ)は3位と15位、「踊る!さんま御殿!!」(日本テレビ)は3位(同率)と32位、「中居正広の金曜日のスマたちへ」(TBS)は5位と42位、「秘密のケンミンSHOW」(日本テレビ)は両方6位である。

国民を懐柔するサーカスよりも他国に影響を及ぼす番組制作を

 繰り返しになるが、会議の回答者は企業で仕事をしている人びとが大半であるから、番組を視聴する時間帯も限定されているし、仕事に役立つ番組を評価する傾向もあるから、テレビジョン受像機の電源が入って、チャンネルが選定されているだけの状態を計測する視聴率とは、結果が違うのは当然である。しかし、ある集団が点数という意思を表明している会議の数値には、現在のテレビジョン番組の状態への重要なメッセージが込められているはずである。

 ある懇親会の席上で企業経営者が自社の製品について、テレビジョンの広告に投入した金額と売上げとの関係を調査したところ、無関係であることが明らかになった、という衝撃の発言をされた。また別の企業の広告担当者は、自動車や家庭電化製品など、テレビジョン広告の主力であった製品の国内売上げは飽和状態に接近しており、今後、広告費は海外に振り向けると明言している。

 それに追い打ちをかけているのが、インターネットの躍進である。それを明瞭に示しているのが、電通が毎年発表する媒体別の広告費の推移である。2000年代中ごろには2兆円を超えていたテレビジョンの広告収入は、最近では1兆7,000億円程度に減少している。一方、同じ時期に2,000億円程度であったインターネットの広告費は2004年にラジオを、2007年に雑誌を、2009年に新聞を抜き去り、2010年にはテレビジョンの45%にまで接近している。趨勢だけで判断すれば、あと数年で逆転もありえるだろう。

 そのような状況のなかで、多数の大人がテレビジョンには観るべき番組がないと発言するような状況が継続していけば、早晩、民間放送局、それに類似した番組を制作することに傾きつつあるNHKは、国民から見放される可能性が十分にある。

 さらなる問題は、政治までをも娯楽の対象とするような視点で番組にしていけば、テレビジョン放送は古代ローマ帝国のサーカスの役割となり、周辺の蛮族の襲来に国家は対抗できない、という状況になりかねない。

 今年3月、ベトナムの山岳地帯に滞在したが、数チャンネルしかない放送で多数の韓国映画が放送されていた。韓国政府が無償で提供している作品とのことである。しばらく前まで、ベトナム戦争のときにアメリカ軍と一緒に闘った韓国は、ベトナムでもっとも嫌われていた国であったが、現在ではもっとも好意をもたれる国に変わったとのことである。

 日本の放送局も、自国民を懐柔するサーカスではなく、他国に影響を及ぼす芸術になるような番組を制作してほしいものである。

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