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トランプが安倍首相との会見で示した柔軟外交

日高義樹(ハドソン研究所首席研究員)

2017年01月24日 公開 2022年11月02日 更新

トランプが安倍首相との会見で示した柔軟外交

 

「強いアメリカ」のトランプ戦略

ドナルド・トランプの外交戦略は、政治や官僚の世界に毒されない自由な発想に基づいて素早い行動をとることである。私が長年、仕事をしているハドソン研究所の創始者ハーマン・カーンは「考えられないことを考える」という言葉と、1970年代に『超大国日本の挑戦』という著書で、「二十一世紀は日本の世紀になる」と予想したことで知られている。

ドナルド・トランプが、最初に会見した外国首脳が日本の安倍普三首相だった。ビジネスマンのトランプの発想からすると、日本はいまや国際政局のなかにおけるただ一枚の未知数のカード、いわばワイルドカードである。彼はこのワイルドカードをいかに切るかを見極めようと、安倍と会見したのである。

私は長いあいだワシントンで仕事をしてきたが、国際社会の常識では、日本は常に蚊帳の外に置かれ、現実の政治のなかでほとんど無視されてきた。それは国際社会が政治のジャングルで、国内のように完全に法と秩序によって守られているわけではないからだ。

そうしたジャングルでは「力の論理」に基づいてすべてが決められる。その基本的なルールによって世界の国々は行動してきているが、日本は地理的にアメリカからもヨーロッパからも、あるいはアジア大陸からも離れた島国として存在しているうえ、この70年間、アメリカという力にすっぽりと包み込まれてきたため、その論理を理解していない。

日本は経済大国になり、財政的に見ればアメリカの4分の1弱、中国の2分の1弱という国民総生産を持ちながら、あらゆる政治の決定を、アメリカの力のもとに行ってきた。

アメリカという国の面白いところは、日本がアメリカにとって危険な存在ではなく、平和に繁栄を続けているかぎり、政治的に配慮したり懸念したりしなかった。つまり関心の外に置いたままできた。

私は30数年を過ごしたNHKでアメリカを取材しつづけ、定年退職後もテレビ東京のために「日高義樹のワシントンリポート」というテレビ番組を17年にわたって製作しつづけた。

その間、フォード、カーター、ブッシュといった大統領や、キッシンジャー、シュレジンジャー、ラムズフェルドといった戦略家、さらにサミュエル・ハンティントンやジョン・ガルブレイスなど大勢の学者にインタビューした結果、理解したのは、日本という国が世界経済のなかで大きな役割を果たしながら、現実の政治の場では、ほとんど無視されていることだった。

ワシントンでは、日本の政治に関わっているのは「日本屋」と揶揄される低次元のロビイストや官僚からなる特殊なグループであると受け取られてきた。そういった状況のなかで、新しく大統領の座を射止めたトランプ次期大統領が各国指導者の誰よりも先に安倍と会うことに同意したのである。 

これについて私は、ドナルド・トランプが、アメリカの政治のなかで、ハーマン・カーンの「考えられないことを考える」を実践したと見ている。大統領選挙に勝ったばかりの次期大統領が、まだ閣僚の顔ぶれも決まっていないときに外国首脳と会見した例など聞いたことがない。

このトランプの行動はまさに、チャンスを見逃さないビジネスマンの行動である。彼は安倍との電話で、ペルーのAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議に出席する途中、ニューヨークに立ち寄るので会いたいという要請を気軽に受け入れた。

これまでの仕来たりなどに一切配慮せず決断したのである。経済力を持った日本の首相と会っておけば、成り行きによっては思いがけない成果を生む可能性があると考えたのであろう。

安倍がトランプタワーでトランプと会見した日、記者クラブになっている一階のロビーで、報道担当官のモニカ・クロウリーは、アメリカ人ジャーナリストたちから「なぜドナルド・トランプは日本の首相に会ったのか」と、しつこく聞かれた。クロウリーは「大統領になる前の非公式なものですから」と返事したが、トランプが日本首相の安倍と会談したことは、まさに人々の意表を突く行動だった。

この会談の内容は明らかにされていないが、トランプが安倍という国際社会では未知の、しかし可能性のある日本の指導者と会談することによって得られるアメリカの利益を、しっかり計算していたことは間違いない。

ドナルド・トランプは、安倍に会う前にアメリカの敵であるロシアのプーチンと電話で話し合い、膠着したままのロシアとアメリカの対立関係を解消する姿勢を明らかにした。

もっとも、これによってプーチンが行ったウクライナに対する不法侵略を事実上、認めてしまうことになった。またシリアに対するロシア空軍の爆撃についても、批判的な姿勢をとらなかった。

このトランプの対ロシア政策は、何の考えもないまま、ウクライナやシリアの問題を処理できないでいるオバマと共通した点もあるが、異なっているのは、アメリカ人の誰もが敵であると考えているプーチンと話し合いで事態をおさめようとしていることである。

正式に大統領に就任する前、ロシアのプーチンと電話で話し合ったこと、日本の首相と会談したこと、そしてすべてに優先してアメリカの新しい安全保障政策チームを編成したこと。以上の3つの事実は、ドナルド・トランプがこれまでとはまったく違った、世界外交戦略を推し進めようとしていることを示している。

トランプは、プーチンと話し合ったり、安倍首相と会見したりする前に、国務省やCIAから、ロシアや日本、そして世界状況についての説明、ブリーフィングを受けていない。

このことは、トランプが、かつて民主党のヒラリー・クリントンが長官として率いた国務省や、オバマが恣意的に使ったCIAをまったく信用しておらず、これまでのアメリカ政府のやり方を、全面的に否定していることを示している。

こうしたトランプのきわめてアンオーソドックスというか、政治的常識を外れた行動の一角に日本が組み込まれていることは、ただ単に、日本の政治的立場が高くなったというだけでなく、国際社会における、重要な責任を期待されていると考えるべきである。

中国についてドナルド・トランプは選挙戦のはじめから、敵対的な姿勢をとっている。

同じように敵性国家であるロシアのプーチンとは、対立関係を解消する方向で話し合う方針をとっているが、中国とその指導者である習近平とは直接、折衝する姿勢をまったくとっていない。

ドナルド・トランプは中国が通貨の不法な操作を行い、通貨人民元を安くして不法なダンピング輸出を行っていると非難し、その行動を改めなければ、45パーセントの特別関税を中国からの輸入品にかけると脅した。

この脅しに対して、すでに述べたように、習近平は「通貨問題や輸出問題を皮切りに貿易戦争が始まれば、アメリカと中国の全面戦争になる危険がある」世界が崩壊すると、居直っている。

ドナルド・トランプは、共産主義による専制体制を続ける中国とはやがて対決することになるという前提のもとに、まず周りを固めることから始めている。ドナルド・トランプは戦いの原則を踏まえて行動しているのである。強い安全保障チームをつくり、日本とロシアという中国周辺の国と話し合いをつけたあと、中国と対決を始めるというのがドナルド・トランプの戦略である。

 

※本記事は日高義樹著『トランプ登場は日本のチャンス』より一部を抜粋編集したものです。

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