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京女の「かんにん」は、なぜ男を舞い上がらせるのか?

2017年01月27日 公開

井上章一(国際日本文化研究センター教授)

京女

 

「かんにん」は男をまいあがらせる

私の職場は、大学の研究所である。いわゆる共同利用機関で、全国からおおぜいの研究者がつどってくる。専任の研究職員に、京都出身者はほとんどいない。海外からきた者もふくめ、他府県の人びとが、大半をしめている。まあ、事務方には地元そだちも、すくなくないのだが。

これから紹介するのは、東京出身の某研究者にまつわるエピソードである。名前などは、公表をひかえさせていただく。

どういう経緯があったのかは、もうおぼえていない。だが、とにかく彼は、ある事務手続きのちょっとしたミスで、当惑させられることになる。事務補助の若い女性が、そのことで彼に釈明する光景を、私はたまたま目撃した。

そう深刻な事態でもなかったせいだろう。彼女の説明にも、どこか親したしげな響があった。そして、京都のお嬢さんでもあったくだんの女性は、こう言いはなったのである。

「センセ、今回のことは、かんにんね」

「かんにん」は、なれなれしすぎるんじゃあないか。横で聞きながら、聞き耳をたてていたわけでもないが、私はそう思った。

おそらく、「かんにん」ですむていどのミスだったのだろう。彼女の物言いを遠慮がなさすぎると感じた私も、口ははさまなかった。「君、もうすこし言葉に気をつけたまえ」、などということは言っていない。他人事だとうけとめ、聞きながしたことをおぼえている。

また、「かんにん」と言われた先生のほうにも、怒っている気配はうかがえなかった。見れば、笑みすらうかべている。私がとやかく言うようなことでは、まったくなかったのである。

私はこの出来事を、だからすぐわすれた。職場で日々くりかえされるあれやこれやのひとつとして、忘却するにいたっている。いつまでも、心にとどめていたわけでは、けっしてない。

だが、その後しばらくして、この光景をいやおうなく想いかえさせられることになる。くだんの先生が主宰をする研究会の場で、私はふたたび「かんにん」を脳裏へよぎらせた。

先生の研究会にも、他県から研究者があつまってくる。東京からやってくる研究仲間も、いなくはない。そういう気がおけない友人たちの前で、先生はうれしそうにこう言っていた。

「このあいださ、京都の娘さんから『かんにん』って言われちゃったんだよ。ほんと、こまっちゃうよね。もう、かえす言葉がなくなったよ。なんてったって、『かんにん』だからね……」

自分は、京都の女性に、「かんにん」とあやまられた。京女に、「かんにん」と言わせた。先生はそれを、東京の友人たちに、自慢していたのである。

彼は、「かんにん」を「ごめん」の同義語だと、単純にはとらえない。いや、そこはわきまえていたのかもしれないが、どこかで妄想をふくらませている。たとえば、こういうふうに。

─お武家様、かんにん、かんにんしとくれやす。

─よいではないか、よいではないか。

─いや、あかん、あかんのどす、かんにん、かんにん……。

京都の女が、自分に「かんにん」と言った。そのことを、どこかセクシュアルな含みとともに、うけとってしまったのではないか。だからこそ、男としてのうぬぼれ気分も、かきたてられたのだろう。東京の友人たちに、ほこらしくつたえたくなったのも、そのせいだと思う。

私は京都の近郊で生まれそだった。だから、「かんにん」という言葉を耳にしても、性的なニュアンスは感じない。「ごめん」の京都訛として、うけとめるだけである。まあ、声の響きしだいでは、甘えをかぎとることもありうるが。

いずれにせよ、先生は京女の「かんにん」で、少々まいあがっていたようである。「かんにん」と言われ、とまどった。そうことごとしく語っている東京出身の先生をながめ、私はあわれに思ったものである。あほなおっさんやなあ、と。

研究者としては、うやまってもいた。そこを見くびるつもりは、さらさらない。

しかし、大人の男としては、どうしてもあなどる気分がわいてくる。

そのいっぽうで、女の語る京都弁を、あらためて見なおした。なるほど、これには力がある。他県の男たちをうきたたせる効果が、彼女らの方言にはひそんでいる、と。そして、男の京都弁が無力であるとかみしめさせられたある出来事へ、想いをはせた。

iyashi

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