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節電社会にこそ電気自動車を

清水浩(慶應義塾大学教授)

2011年09月12日 公開 2022年09月28日 更新

いかに高性能を実現したか

 ここまで、電気自動車の可能性について言及するために、われわれが開発した「SIM-LEI」について詳しい説明をほとんどしないままに、さまざまな性能ばかり紹介してきてしまった。ここであらためて、この車について解説したい。

 通常、自動車の技術開発は三段階で行なわれる。まず先行開発車をつくって評価し、商品になりそうなものについては次段階のプロトタイプをつくる。そして最後に、量産開発を行なって市販車として完成する。今回発表した「SIM-LEI」は、その最初の段階の「先行開発車」に当たる車である。

 「SIM-LEI」を製作したのは、われわれが立ち上げたSIM-Driveという会社である。これは、私が電気自動車「Eliica」の開発など、これまで30年間の研究で蓄積してきた電気自動車の技術を、いかに早く世界に広めるかを目的として2009年8月に設立された会社である。

 その発想の基本は、「オープンソース」。つまり、「誰でもわれわれの会社に参加してください。技術を学び、理解してください。そしてそれを持ち帰り、どうぞそれぞれのビジネスに役立ててください」という考え方である。

 「SIM-LEI」の開発でも、参加費2000万円で、自動車メーカーや部品メーカーなどの企業や自治体など合計34機関の参加を得た。

 「SIM-LEI」は、「先行開発車事業第一号」であったが、さらにこれから第2号、第3号とこの取り組みを続けていく予定である。第2号のプロジェクトは、平成24(2012)年3月完成を目標に開発を進めているが、すでに新たに34機関にご参加いただいている。

 このように毎回、30前後の機関に集まっていただければ、第3号の開発が終わる再来年までに、100社ほどがこのプロジェクトの「仲間」になる。お互いに情報共有もできるだろうし、それぞれの方々が、それぞれのビジネスに取り組んでいく過程で、急速に電気自動車の技術が広がっていくことになるだろう。

 われわれの電気自動車技術の核心は、インホイールモーターと、コンポーネントビルトイン式フレーム構造の台車である。本誌(2009年2月号、11月号)でも紹介したが、インホイールモーターとは、タイヤのなかに直接モーターを入れ、そのモーターの力で直接にタイヤを動かす仕組みである。また、コンポーネントビルトイン式フレーム構造とは、床下を平らなフレーム構造とし、そのなかに電池やインバーターなど駆動に必要なさまざまなものを収納する仕組みである。

 インホイールモーターは、モーターとタイヤを直結させるから、動力をギヤなどの動力伝達装置を通じてタイヤに伝える方式と比べて、きわめて効率がいい。また、コンポーネントビルトイン式フレーム構造にすれば、床から上はすべて乗客用スペースとして有効に使えるようになるうえに、万が一、電池で不具合が起きても強固なフレームの中に入れ込んでいるから乗客の安全を守れる。

 先ほど、「SIM-LEI」は現在販売されている電気自動車に比べ、同じ電池容量で1.5倍から2倍の航続距離だと述べたが、これが可能になったのも、このモーターとフレームの方式によるところが大きい。

 電気自動車において、エネルギーが主として消費されるのは、モーター、モーターからの力を車輪に伝える動力伝達装置、減速時のブレーキ、タイヤの転がり摩擦、そして空気抵抗の、5つの場所においてである。このそれぞれを、少しずつ減らそうというのが、私の基本的な考えである。そして、そこで大きく貢献するのが、インホイールモーターなのである。

 動力伝達装置をなくしてしまうので、その部分で消費されるエネルギーがなくなる。さらに電気自動車はブレーキをかけるときにモーターを発電機として使い、電気を発生させて蓄電池に蓄える「回生ブレーキ」の仕組みが使えるが、インホイールモーター方式にすれば、そこでも動力伝達装置によるロスを軽減できる。これによってブレーキ時のエネルギーロスをいっそう有効に回収できるようになる。

 さらにタイヤはブリヂストンから、非常に転がり摩擦抵抗の小さいタイヤを特別に供給してもらった。また空気抵抗についても、われわれの車はコンポーネントビルトイン式フレーム構造で床から上のデザインを自由にできるので、それを利用して、空気抵抗が非常に小さくなるような設計をした。

 それらの組み合わせによって、長い航続距離を実現させたのである。

 「SIM-LEI」の性能をさらに紹介すると、交流電力消費率は77Wh/km。これは先述のように、ガソリン消費換算で70km/リットルのエネルギー消費率に相当する。また加速性能は、時速0kmから100kmの条件で4.8秒であり、これは高級スポーツカー並みの性能である。

この先に、10倍のマーケットが

 われわれとしては、性能的には十二分に市場で爆発力のあるものをつくることができたように思っている。このあと普及するかどうかは、いくらぐらいの価格で販売できるかに、大きく左右されるであろう。

 そこは、どれだけ大量に車をつくるかにかかってくる。たとえば「SIM-LEI」を年間1万台つくるとすれば、価格設定はだいたい500万円になるだろう。もし、年間10万台つくるとすれば、250万円にできる。「SIM-LEI」は車格でいえば、いわゆるCセグメント(トヨタ車でいえば、「カローラ」から「マークX」に相当)の車であるし、加速性能や環境性能、ランニングコストの安さを考えれば、250万円で販売できれば、十分にお買い得感はあると思う。

 電気自動車のコストを左右する大きな要素は、電池の価格である。現在はまだ、電気自動車用として使える大容量のリチウムイオン電池の価格は高い。だが、各自動車メーカーが電気自動車をどんどん販売するようになり、電気自動車のトータル台数が増えてくれば、量産効果で電池も劇的に安くなるはずである。

 端的にいえば、現時点で大容量のリチウムイオン電池が高いのは、量産効果がまだ出ていないからに尽きる。リチウムイオン電池は、原材料にそれほど高価なものを使っているわけではない。リチウムは希少金属ではあるが、電池の全重量の1%ほどしか使っておらず、それほど値段に影響するものではない。

 もちろん、大量生産をしなければコストが落ちないから、多大な初期投資が必要になる。だが、これまでの液晶戦争などと同じく、その覚悟を固めて果断に実行できた企業が勝利者となっていくのであろう。

 その状況になってくれば、前途は洋々たるものである。いま全世界で自動車を使える人は、世界人口の1割ほどしかいない。残りの9割は、まだ自動車を使うことを夢みている状況である。環境のことを考えれば、そのような人びとにこれから化石燃料で走る車に乗ってもらうのは難しい。だが、電気自動車ならば問題ない。まったく新しい自動車社会を到来させることができる。

 つまり、先進国と途上国を合わせて考えれば、電気自動車にはこの先に、まだ10倍のマーケットがあるのだ。自動車のビジネスはいま、年間で300兆円規模である。これが500兆円、1000兆円規模と拡大していったときに、どれだけのシェアを取れるか。そこが、これからの日本にとって大きな岐路になるだろう。

 電気自動車そのものの生産は、途上国も含めて、あらゆるところでなされるようになるだろう。もちろん自動車の場合は、安全性能や走行性能などについて家電やコンピュータなどとは違う次元の経験の蓄積が必要とされるから、単純には考えられないが、それでも「垂直統合か、水平分業か」と問われれば、明らかに後者の姿に近づいていくはずである。いままでのように、「エンジンをつくれるメーカーが自動車会社」ということではなくなってくる可能性は大いにある。

 私がやっている電気自動車の技術だけであれば、すぐに真似られてしまうことも、もう目にみえている。その先は、技術、製造、サービス、付加価値をうまくセットにできた国が、これからの大きなチャンスをつくっていけるのであろう。

 その際に、日本が大きなアドバンテージをもっているのは、「電気自動車を核にした社会全体のエコシステムの構築」ではないだろうか。発電所から、家庭用の太陽光パネル、スマートグリッドシステム、そして電気自動車までを組み込んだトータルパッケージを組み上げる。日本はそれぞれの分野で、技術も満点だし、サービスも満点だ。それらをうまく絡み合わせていく可能性を、真剣に、そしてスピード感をもって追求してはどうか。

 先ほど紹介したように、「SIM-LEI」を停めるスペースのガレージの屋根に太陽電池を付ければ、年間で15,000km走行できる。これは途上国の人びとにとっても大きな福音となるだろう。また、電気自動車の蓄電池は、電力事情が悪い国々でも、家庭の電化に大きな威力を発揮するはずだ。このようなパッケージで提案すれば、地球上の多くの人びとが憧れる「夢の生活」が、きわめて環境に優しいかたちで実現するのである。

「夢をかなえるもの」こそが、需要の爆発を引き起こす。そして、電気自動車は間違いなく、そのポテンシャルを秘めている。日本はいまこそ、東日本大震災という大きな不幸を奇貨として、電気自動車とともに生きる社会をつくりあげ、世界に「夢」を訴えていくべきではないだろうか。

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