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大ヒットシリーズ『信長の野望』はどのようにして生まれたのか?

2017年04月18日 公開

シブサワ・コウ(コーエーテクモホールディングス社長)

信長の野望

誰もが持つ「イフ」を体験してもらう

天下を取る! 応仁の乱以降、乱れに乱れた世の中にあって、突如現われた尾張の雄、織田信長。彼は天下を治めることを己の至上の野心としました。

翻って私は、ゲーム業界にあって天下を取る。そのことを自身の最高の目標に据えました。

時代も分野もまるで違いますが、志は似ているかもしれません。なにしろ私は、幼少のころから信長に惚れ込んでいたのですから。

惚れ込んだ勢いそのままに、私は『信長の野望』というゲームを開発しました。その『信長の野望』はたいへんありがたいことに、世界における累計出荷本数が950万本、シリーズ数も14を超えました。

『信長の野望』がこれだけヒットしたのは、今までのゲームでは体験できなかった二つのシステムをうまく入れ込めたことが非常に大きいと感じています。

その一つ目は、まず「イフ」を体験することです。

私はもともと歴史小説が好きで、よく読んでおり、なかでも織田信長という人物が大好きでした。その創造性や革新性に魅力を感じ、さらに、豊臣秀吉、徳川家康の3人の中では、信長だけが天下統一をなしえず、非業の最期を迎えている点にもドラマ性を感じていました。秀吉はのちに家康に覆されるとはいえ、天下を統一しているし、家康はその後、260年ほどの泰平をもたらす世を作り上げています。

一方、信長は天下布武、つまり日本全国を武力で統一する意思表示をし、その旗印の下に邁進したのですが、志半ばで家臣の明智光秀に本能寺で討たれてしまいます。

光秀に討たれた原因は光秀の野望説、怨恨説、暴君討伐説、朝廷黒幕説などがありますが、信長の冷酷さが遠因の一つだったと考えることもできます。だとすると、この変は起こるべくして起きたものかもしれません。

ただ、私はいつも信長の生き方を非常に惜しいと思っていました。自分だったら、明智光秀に不満を抱かれないように、きちんと処遇するのに……。本能寺の変さえ切り抜ければ、天下統一ができたのに……。そんなことを夢想していたのです。

そのとき、もしかしたら「自分だったらできたのに」そんな歯がゆい思いを抱えている人は多いのではないか。もし自分が信長だったら……、どんなふうに戦い、どんな町を作り、どんな世の中にするのか。そういう「イフ」を体験してみたいのではないか。イフを想像して、物語を創造してみよう。それをゲームにしてみよう。そう思ったのです。

このイフの要素には大きな可能性を感じていました。私の場合は、自分が信長だったらという視点で考えていました。しかし、反対に信長が嫌いな人も必ずいるでしょう。自分だったら今川義元となって、「桶狭間の戦い」で信長を阻止することができたのに……。いち早く鉄砲を生産して、強い国を作り、強固な鉄砲隊を用いて、戦で信長にも勝つことができるはず……。そんなワクワクするようなイフの広がりもおもしろいと思いました。誰もが夢想したことのある想像を形にする。そんな「イフ」を叶えたのが『信長の野望』だったのです。

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