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日本人は原発と どうつきあうべきか

田原総一朗(ジャーナリスト)

2011年12月28日 公開 2022年10月06日 更新

《 田原総一朗:著『日本人は原発とどうつきあうべきか』より 》

 今後のエネルギー問題を、いったいどのように考えればよいのか。そこで、エネルギー・資源問題の専門家として私が信頼する日本エネルギー経済研究所の十市(といち)勉氏にじっくり問うた。

 日本エネルギー経済研究所は、1996年6月に設立され、同年9月に財団法人として旧通商産業省より認可された。日本および世界のエネルギーと地球環境についての、総合的なシンクタンクとしての役割を担い、活動している。

 また十市氏は、東京大学理学系大学院の地球物理コース博士課程(理学博士)を卒業した後、同研究所に勤務。総合研究部長、常務理事、専務理事などを歴任したあと、現在は顧問を務めている。専門の研究者として、この世界では知らない人はいない存在だ。

 もの穏やかな紳士であるが、一方で、周囲からの批判を恐れず、原子力政策に対してきちんとした“正論”を言える人物である。

 自然エネルギーの比率を増やしつつ原発を活用

天然ガスの利用拡大を進めるべき

 原子力もダメ、自然エネルギーにも期待できないとなると、では日本はどうすればよいのか。そこで現実的な選択肢としていま議論されているのが、天然ガスである。

「石油に比べると資源量が豊富であり、またCO2の排出量では石炭の約半分である天然ガスの需要が拡大することは必至であり、今後は日本も、天然ガスの利用拡大に力を入れていく必要がある」と、十市氏も力説する。

 さらに、アメリカでは非在来型の天然ガスの一つに分類されるシェールガス(自然発生

した頁岩(シェール)の亀裂中に貯留されたガス)が新たに採掘されることになり、やがて輸出に転じるという報道もあった。

 非在来型の天然ガスとは、特殊な回収技術を必要とするものを指す。その一つであるシェールガスによって、今後アメリカは原子力を増やさなくても、エネルギーの自給体制をある程度、整えることができるようになったと言われている。

 ただし、十市氏によれば、フランスのように、農民の反対に遭って、議会でシェールガスの開発を禁止した国もあるという。

 シェールガスの採掘には、シェール層に水圧をかけて破砕するため、化学物質を含んだ大量の水が必要だ。そのため、環境への十分な配慮が求められる。排水処理施設を建設することで、環境問題そのものへの対策は可能だが、このような施設の存在は、地元住民に心理的な不安を与える恐れもある。実際に、ニューヨーク州では一部住民の反対運動が起きており、環境規制が敷かれているという。

 もっとも、全体の方向として、アメリカはシェールガスの採掘を進めていく方針に変わりはない。しかも一方で、アメリカは原子力政策を破棄しようとはしていない。エネルギー政策でとれる選択肢を複数残しているのである。

エネルギー政策は安全保障の視点も含めて考えよ

「その点、日本には何にもないのです」。十市氏はこう嘆息しながら、日本の天然ガスの利用事情について述べた。

「大震災以降、深刻な電力不足に見舞われた日本では、当面および中長期的にも、既設ガス火力発電所の稼働率の引き上げや新たなガスタービン発電機の設置にともない、LNG(液化天然ガス)輸入の大幅な増加が見込まれます。しかし、LNGの価格は安いものではありません。アメリカのシェールガスの約 2.5倍はしています」

 私は訊いた。「なぜ、そんなに高いのですか」。

「日本は主に東南アジアや中東からLNGを輸入しているのですが、その購入価格は原油価格に連動しており、中長期的に見ても、原油価格の高止まりが続く公算が高いはず。いまこそ日本は、天然ガス資源の上流権益の確保や輸入源の分散化を進めるべきでしょう」

 私はさらに尋ねた。「ロシアはどうですか」。

「世界の天然ガスの埋蔵量の4分の1はロシアにある。いわば『石油のサウジアラビア』と言えるでしょう。近年、ロシアはこれを外交的なカードにして、ヨーロッパに対して影響力を強めようとしている。日本にもガスの売り込みに来ていますよね。しかし、安全保障を考えれば、エネルギー供給をロシアに頼りすぎていいのかという問題がある。

 これから日本が天然ガスの利用拡大を進めていくべきなのは間違いないとしても、たとえば燃料効率の高い分散型の発電システムを導入するなどして、より省エネ化を図っていくべきでしょう。しばらくは、こうして凌(しの)いでいくしかないと思います」

メタンハイドレートの開発は難しい

「省エネ化しかない」というのはあまりに現実的である。夢のない話だ。他になにか、日本がとるエネルギーの選択肢は残されていないのか。たとえば最近、よく話題にのぼるメタンハイドレートはどうなのか。

 メタンハイドレートとは、水とメタンガスが化合した状態でできたシャーベット状の白色の固体で、「燃える氷」と呼ばれることもある。その回収の困難さから、非在来型天然ガスに分類され、日本近海の地下に膨大に存在すると見られる。その資源量は、現在の日本のLNG消費量の約 100年分に相当するともいわれている。

 しかし、十市氏によれば、その他の非在来型の天然ガスと比べて、「はるかにその開発は難しい」と言う。メタンハイドレートは水深が1000メートル近い海底から数百メートルの地層にあり、水とメタンを分離する技術が必要なためである。

 現在さまざまな研究が進んでいるものの、商業化はだいぶ先のことらしい。少なくとも、ここ10年では見込みはないと考えられている。

 しかも、メタンハイドレートは太平洋側に豊富にあり(東海沖から熊野灘にかけての東部南海トラフ海域といわれている)、下手すると地震や津波に見舞われるリスクがある。

 さらに言えば、メタンハイドレートには環境問題がある。もし海底の開発をしてトラブルが起きれば、メタンガスが溢れ出る恐れがあり、これは地球温暖化の原因にもなってしまう。

「原発」という選択肢を捨てるべきではない

 原子力に代わる新しいエネルギー源が簡単には見つからない以上、単純に「脱原発」を叫んでも何の解決策にもならない。ところが、いまや日本は「今回の原発事故で近代文明の限界が見えた」などと主張する人たちが大勢おり、「脱原発」の勢いは増す一方だ。

 2011年9月19日、東京・明治公園で作家の大江健三郎氏らが主催する大規模な「脱原発」集会が開かれた。大江氏らは2012年3月までに「脱原発」を求める1000万人分の署名を集めて、国会に提出する方針だ。

 作家の村上春樹氏も、スペインのカタルーニャ国際賞授賞式で「われわれ日本人は核に対する 『ノー』を叫び続けるべきだった」とスピーチしている。

 日本で広がるこうした「脱原発」の動きに対し、エネルギー・資源問題の専門家である十市氏は次のような感想を述べた。

「もともと日本の原子力との関わりは、広島、長崎から始まっています。この影響がすごく大きいと思うのです。大江氏も村上氏も、核兵器の問題と原子力発電の問題を一体のものとして考えています。だから、原子力をやめるべきだというのですね」

『朝日新聞』などは完全にそうした論調である。私も十市氏の見方に同意した。さらに十市氏は、「たしかに経済的な問題だけではなく、文明論的な視座からも、これから日本は原子力とどうつきあっていくべきなのか、という議論は必要でしょうが」と述べたうえで、自身が共感しているという文芸評論家の吉本隆明氏の言葉を引いた。

「動物にない人間だけの特性は前へ前へと発達すること。技術や頭脳は高度になることはあっても、元に戻ったり、退歩することはあり得ない。原発をやめてしまえば新たな核技術もその成果も何もなくなってしまう。今のところ、事故を防ぐ技術を発達させるしかないと思います」(2011年5月27日付『毎日新聞』)

 さらに十市氏は、次のように指摘する。

「実際にこれから日本が原子力の利用を禁止できるかといえば、きわめて難しいと思います。仮に日本がやめたところで、中国をはじめ、ロシアやベトナム、インド、トルコといった国々は、原子力利用を積極的にやっている。原子力技術のもつさまざまなリスクを考えますと、それらの新興国がほんとうに安全に原発を運転できるのか。技術力はもちろん、人材面やカルチャーを含めて不安ですね。技術の継承という観点からも、日本は短兵急に 『脱原発」に舵を切るべきではないでしょう」

 十市氏の語気には次第に熱がこもってきた。そして次のように言って、話を締めくくった。

「そもそも、忘れてはならないのは、日本周辺の中国、北朝鮮、ロシアはすべて核兵器の保有国であることです。温暖化防止の観点だけでなく、安全保障の観点からも、日本は原子力への選択肢を捨てるべきではありません。しかし、こうした議論を政治家レベルでやっていないような気がするのです」

「それは言いすぎでしょう。それはもう自民党だって、民主党だってやっていますよ。オープンになっていないだけで」と私は反論してみたが、「しかし、菅前首相などを見ると、どうも安全保障の観点を抜きにして、『脱原発』などと言っていたように思えてなりません」と再反論されてしまった。

「それはそうですね」。菅前首相の顔を思い浮かべた私は、ただ苦笑するしかなかった。

 いまエネルギーの研究者で、原子力に対して十市氏のような“正論”を言う人は少ない。あるサイトのなかには、原発推進派の戦犯リストがあり、十市氏もその一人として槍玉に挙がっているという。

 ただし十市氏は、いまから原子力を積極的に推進せよといっているわけではない。その点は誤解してほしくないと言う。安全性を大幅に高めた原発だけに絞り、今後20年は全発電量の20%程度の水準で原子力を活用すべきだというのが、十市氏の考えなのである。そうしたなかで、自然エネルギーの比率を段階的に増やしていくのが得策だと繰り返し強調した。

 

田原総一朗 (たはら そういちろう)

ジャーナリスト、評論家。1934年、滋賀県彦根市生まれ。早稲田大学文学部卒業。岩波映画製作所、テレビ東京を経て、フリージャーナリストとして独立。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』では、生放送中に出演者に激しく迫るスタイルを確立、テレビの報道番組のスタイルを大きく変えた。活字方面での活動も旺盛で、共著も含めれば著作数は優に100点を超える。現在もテレビ、ラジオのレギュラー、雑誌の連載を多数抱える、最も多忙なジャーナリストである。
主な著書に、『日本の戦争』『正義の罠』(以上、小学館)『日本の戦後(上・下)』『Twitterの神々』(以上、講談社)『日本政治の正体』(朝日新聞出版)『今だから言える日本政治の「タブー」』(扶桑社)『緊急提言!デジタル教育は日本を滅ぼす』(ポプラ社)『BC級戦犯60年目の遺書(共著)』(アスコム)など。

 

◇ 書籍紹介 ◇

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