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島秀雄~新幹線をつくった伝説のエンジニア

2013年09月18日 公開

高橋団吉 (ノンフィクションライター)

『新幹線をつくった男~伝説のエンジニア・島秀雄物語』より 

新幹線

東海道新幹線が開業したとき、わたしは小学3年生だった。

その、いかにも新しいカッコ良さに憧れたことをいまでもよく覚えている。

だが、東海道に新幹線が走り始めてからも、長い間、在来線には蒸気機関車が走り続けていて、千葉市で過ごした高校生時代にも汽車通学を経験した。総武線や房総東西線には、ディーゼルや電車にまじって、ときおり「デゴイチ」(D51)や「シゴナナ」(C57)「シゴハチ」(C58)などの蒸気機関車牽引の普通列車が走っていた。

暗い過去から、轟音とともに驀進してくる黒い巨体。

高度成長の夢を乗せて、明るい未来に向かって軽やかに疾走する超特急……。

デゴイチと0系新幹線の間には、歴史の大断層が走っている。まるで氏素性を異にする2本の鉄道が、わたしたちの目の前でたまたま交差しているにすぎないのではないか。そんなふうに思っていた。

だから、デゴイチと0系がまったく同一の人物によって設計され、作り出されたという話を聞いたとき、おおいに驚いた。あの鋼鉄のむき出しのメカニズムと、静かに滑りゆく流線形のボディー。真っ黒い重量感と、ホワイト&ブルーのスピード感。「過去」と「未来」。「戦前」と「戦後」。一見して、なにもかもが正反対に見えるこの両者は、いったい、どこでどう結びつくのだろうか。

「すべては、1945年の夏にリセットされた」

わたしたち戦後民主主義教育に純粋培養された世代は、ともするとそのように思いがちである。しかし、そうではない。近代産業社会という大きな流れでいえば、とりわけ鉄道技術史という点から考えれば、明治以来、わたしたちは同じレールの上を走り続けている。その証拠に、ここに、戦前と戦後を股にかけ、国有鉄道という大組織のなかで世界鉄道史上に残る数々の傑作を生み出し続けた人物がいるではないか。

その男の名は、島秀雄。この物語の主人公である。

*  *  *

鉄道技師・島秀雄の最大の功績は、「新幹線を作ったこと」につきる。

日本の東海道新幹線は、世界の鉄道を斜陽の危機から救い出した。鉄道全盛の時代に代わって、自動車と飛行機の時代が到来すると誰もが信じていたときに、距離数百キロの大都市間を、飛行機のように速く、通勤電車のような過密ダイヤで結ぶ鉄道がありうるということを、事実をもって証明したからである。

昭和39年に開業した東海道新幹線建設の最大の功労者は、実は、第4代国鉄総裁の十河信二(そごうしんじ)というべきである。十河老総裁の2期8年におよぶ頑固一徹の頑張りがなければ、断じて東海道新幹線は誕生していない。だが、技師長・島秀雄の明晰(めいせき)な設計ビジョンとリーダーシップがなければ、たとえ東海道新幹線が出来上がっていたとしても、世界の鉄道はとうの昔に斜陽しきっていた可能性が高い。

東海道新幹線は、システムとして断然新しかった。

車内信号システム、自動列車制御装置(ATC)、踏切のない全線閉鎖軌道などなどが新しく導入されたが、なかでも画期的であったのが、列車の駆動方式である。これを鉄道技術用語では「分散動力方式(オールM方式)」という。これを島秀雄自身はわかりやすく「ムカデ式」と呼んだ。

ムカデは「百足」と書く。たくさんの小さな足を器用に動かして走る。オールMの動力分散方式とは、要するに、小型の動力(M=モーター)をムカデのように各車両の台車に分散させるのである。

利点は、多々ある。大型の牽引機関車が不要で、車両を軽くできる。したがって軌道、橋梁などの建設費も安くあがる。故障にも強い。モーターに不調が出ても他のモーターで補いあうことができる。加減速性能にもすぐれ、機敏な折り返し運転が可能で、通勤列車並みの稠密(ちゅうみつ)ダイヤが組める。効率的な電力回生が可能である……。いいことずくめである。

ムカデ式の発想は、いたってシンプルである。天才的なひらめきでもないし、複雑な技術の組み合わせでもない。「合理」を素直に推し進めていけば、徹底して考え抜くことさえできれば、誰でもたどり着く普遍性を持っている。しかも、お手本は、世界中のあちこちで走っていた。世界の主要都市を走る近距離通勤電車を、そのまま走行距離を延ばして高速化すれば、新幹線になるのである。

しかし、誰もやらなかった。島秀雄の独創といっていい。

*   *   *

「東海道新幹線は、既存の鉄道技術を生かして、現場が創意工夫することによって完成したのです。技師長のわたしは、まとめ役にすぎません」

と、島秀雄はたびたび発言している。

「スターを作らず、スターにならず」

島が現役時代に徹底させた技術哲学というべき一節である。

高度化の一途を辿る現代技術というものは、もはや個人の能力というものをはるかに超越している。オレが、わたしが……という名誉心が技術の進歩を停滞させることも少なくない。現代技術とは、本来、一見無関係に見える個別の技術が呼応し、共鳴しあいながら、国家や体制、個人や企業の欲得を超えて響きあうものである。個人の名誉よりも、人類の知見に貢献せよ……というのである。

この格調の高さのよってきたる所以は、むろん、島秀雄ひとりに帰すべきものではあるまい。明治・大正期から連綿と継承されてきたこの国のよき鉄道文化というべきものであって、さらにいえば、父の島安次郎から伝えられ、さらに3代目の島隆へと島父子3代に受け継がれてきた香り高い技術哲学と思われる。

プロダクトすなわち工業製品というものは、その設計者に似るといわれる。

蒸気機関車のデゴイチや初代東海道新幹線の0系は、「直角水平主義者」と言われた島秀雄その人によく似ている。どこまでも合理的であることに徹して、自己を主張しない。世界の鉄道を蘇生させた「SHINKANSEN」が、誕生当初から、その設計デザインにおいて、シンプルな美しさのなかに格調の高さが保たれていることを、わたしたちは誇りにしていい。

 

新幹線をつくった男 ~伝説のエンジニア・島秀雄物語

高橋団吉 著
本体価格667円

伝説のエンジニア・島秀雄。この男なくしては、日本が世界に誇る新幹線は誕生しなかった!? 本書は、戦前と戦後を通じて、国有鉄道という大組織の中で、世界鉄道史上に残る数々の傑作を生み出し続け、東海道新幹線の完成にも大きく関わったエンジニア・島秀雄の半生を描く。関東大震災、太平洋戦争……激動の歴史に翻弄されながらも、真っ直ぐに職人魂を貫き続けた男の姿に、胸が熱くなる!

[内容]
第1章 弾丸列車/第2章 外遊で学んだ世界の鉄道/第3章 復興期/第4章高速台車振動研究会/第5章 湘南鉄道/第6章 さらば、国鉄/第7章 十河信二/第8章 小田急SE車/第9章 ビジネス特急こだま号/第10章 世銀借款/第11章 システム工学/第12章 ひかり試験走行/第13章 出発式出席せず/第14章「遺書」
 

高橋団吉(たかはし・だんきち)
1955年生まれ。千葉県出身。株式会社デコ代表取締役。NPO法人むしむし探し隊理事長。著書に『カマキリのエクスタシー』(小学館1996年)『新幹線をつくった男 島秀雄物語』(小学館 2000年 第26回交通図書賞)『島秀雄の世界旅行1936―1937』(技術評論社 2009年 第35回交通図書賞)。東海道新幹線の計画、建設を指揮した第4代国鉄総裁=十河信二を主人公にしたノンフィクション物語を近刊予定(『春雷特急 十河信二物語』)。

iyashi

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