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中堅幹部の経営意識を強化せよ~次代の後継者育成に力を入れた松下幸之助

川上恒雄(PHP理念経営研究センター主席研究員)

2020年01月24日 公開 2022年08月22日 更新

中堅幹部の経営意識を強化せよ~次代の後継者育成に力を入れた松下幸之助

松下幸之助は常々、「自主責任経営」や「社員稼業」、「衆知を集めた全員経営」などの言葉を用いては、松下電器産業(現パナソニック)の社員に経営意識の強化を訴えた。その結果、同社から多くの優秀な経営人材が輩出されたといわれる。幸之助はそれでも、組織の巨大化に伴う幹部社員の責任意識の希薄化を懸念し、高齢のために経営の一線を退く際も、後継会長以下重役陣に経営の心得をしっかりと伝えたのであった。
 

部課長も大黒柱の自覚を

1958年、当時、松下電器産業社長の松下幸之助は、関係会社の松下電子工業で、課長級以上の幹部社員を対象に講話を行なった。

その頃の松下電器グループは高い成長力を誇っていたものの、幸之助にはちょっとした心配があった。自身の年齢である。63歳。社長をそろそろ退くことも考えねばならない。当時の日本人男性の平均寿命は65歳。社長としての激務をこなすには、健康不安もあったのだろう。

講話では、これからの松下電器(松下電子工業を含む)の“大黒柱”について語っている。社員数が年々増えて松下電器という家が大きくなるほど、大黒柱を太くする必要がある。ところが、「大黒柱の中心の筋はだんだん細くなってきている」のだという。「中心の筋」とは、幸之助自身のことだ。

「60歳ぐらいになると、知力も体力も非常に落ちてくる。だから、ぼくがここで社長の地位を保って、皆さんにお仕事をしてもらって、こうしてやっていけるということは、ぼくがこの会社では一番先輩であり、この会社を創業した人間であるということによって、皆さんがそのことに一応の得心をしておられるからである。けれども、本当の実力からすると、ぼくは皆さんの中で、一番下位に立つと思うんです」

もはや知力も体力も落ちてきたというのなら、どうやって大黒柱を太くすればよいのか。幸之助によると、大黒柱は自分だけでなく、重役、そして部課長クラスである中堅幹部の三要素から構成されており、なかでも「本当の実力」が高いのは中堅幹部だという。

幸之助いわく、体力のピークは三十歳前後、知力は四十歳前後。ただし、五十歳ぐらいまでは年をとった分、経験を積んでいるので、知力の衰えを補えるという。総合的に考えると、四十歳前後を中心とする中堅幹部の実力が一番高い。それなのに、当の幹部が、その自覚に欠けているのが大きな問題だと指摘する。

「会社の一番大きな大黒柱の要素をなすものは皆さんである、そういうふうにぼくは考えています。おれは課長、部長としての仕事はしているけれども、大黒柱とは違うのだ、と考えてもらっているのでは、大黒柱は太くならない。もしも皆さんが、おれは大黒柱に入っていないのだということになれば、ぼくの大黒柱、重役の大黒柱はもうフラフラになって、とてもやっていけないと思います」

当時の中堅幹部からすれば、松下電器の大黒柱は当然、社長で創業者の幸之助のことだ。大黒柱の自覚に欠けていたのも無理はない。

しかし幸之助は、眼前の中堅幹部がその持てる力を発揮しないことには、松下電器の将来は危ういと感じていた。次代を担う層だからこそ、大黒柱、つまり経営者としての意識を持てと訴えたのである。

「皆さんが、単に松下電器の一社員として勤務しているにすぎない、というようなことではいけない。皆さんは結局、大黒柱の一人なのであるから、会社の経営を遂行するにあたりましても、また部下を訓育するにしましても、自分は経営を分担してやっているんだ、経営者なんだ、という心持ちをはっきり認識してやってもらうのでなければ、この会社は弱体になっていくだろうと思います」

それから3年も経たない1961年1月、幸之助は「生命のある限り、松下電器の経営に没頭いたしていきたいという精神は少しも変わらないのでありますが、しかし精神がそうでありましても、体力がこれを許さない」と述べて社長の座を降り、会長に退いたのである。

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