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【対談】養老孟司×井上智洋「これからは“古い産業”へ人手が逆流する」

養老孟司(解剖学者),井上智洋(経済学者)

2020年11月14日 公開 2022年06月27日 更新

【対談】養老孟司×井上智洋「これからは“古い産業”へ人手が逆流する」

解剖学者・養老孟司と経済学者・井上智洋。AI化は、今後の経済ひいては社会にどんな影響を及ぼすのか。養老孟司と各界のトップランナーとの対談集『AIの壁 人間の知性を問いなおす』(PHP新書)より、内容を抜粋してお届けする。(構成・古川雅子)

※本稿は『AIの壁 人間の知性を問いなおす』(PHP新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

AIとBI(ベーシックインカム)の親和性

【井上】AIは労働の問題とも切り離せないですよね。僕なんかは、労働の内容にもよりますが、基本、働くのが好きじゃない。金儲けが好きじゃないんですよ。でも、誤解していただきたくないのは、お金は大好きなんですよね。

お金をあげるよと言われたらもらいますけど、お金を得るために頑張る気になれないんです。経済学者なので、株の取引もしばらくちょっとやってたんですが、今は完全にほったらかしですね。

【養老】僕は虫を集めていて十分幸福ですから、金に関心がないんです。だから、不動産を持って資産運用とかもしてこなかったし。お金のことは女房に任せていますから、女房がいつも困っていますよ。「私は本当に、資産を増やすとか、そういう才能がないのよね」と、この間も嘆いてましたよ。

【井上】養老御殿がいくつも建っていたりしないですか?

【養老】間違ってもそんなことないです(笑)気が利いていれば、不動産を買って儲けてるんでしょうけど、そういうことはしない。

【井上】そこは僕も共通していますね。

【養老】お金は必要なだけ入ってくればいいので、足りなくなったら困るから、必死で働く。

【井上】今盛んに言われているのは、AIを使う側の一部の人に搾取されて、貧困層が拡大すると。じゃあ、BI(ベーシックインカム)を導入したらどうか?ということです。

これには話が2段階ありまして。僕がAIとは関係なく、以前からBIを導入した方がいいと思っていたのは、生活保護のような、今の社会保障制度がちゃんと機能しているか、疑問を持っていたからです。

貧しい人にきちんとお金をあげているかといったら、あげられていないんですよね。捕捉率が2割と言われていて、生活保護の受給資格があるはずの人の8割はもらえていないんだと。

もらえる人ともらえない人で天国と地獄なんですよね。では、今の生活保護を拡充すればいいじゃないかという話もあるんですけれど、拡充すると、だんだんBIに近づいていくんです。

食えない人を漏れなく食えるような世の中にするには、究極的にはBIだと思っています。もちろんそれが難しいことはわかってるんですけれども、BIがある社会というのが、ある種、理想だなと。

BIは、それでもってまったくみんなが労働しなくなるという話ではない。支給する額にもよるんですけれどね。例えば、私がよく「月7万円」が適正ではないかと提言しているのは、7万程度だったら、みなさん仕事を辞めないでしょう?ということなんです。

今は、労働が必要な社会なので、月20万も30万もあげたら、会社を辞めちゃう人が続出して、経済が成り立たなくなっちゃう。ただAIの登場で、どこまで格差が開くのかは、今のところ未知の話。

社会に投入されるのが特化型AIだけだったら、BIを導入すべきだとみんなが実感できるようにはならないのかもしれません。ところが、もし汎用AIのようなものが出てきたときに、人々の仕事がかなり奪われることになると、BIが社会を成り立たせるために不可欠な条件になっていくのかなと思っています。

今でさえ生活保護がそんなに機能していないのに、仕事にあぶれる人がたくさん出てきてしまったら、一人一人資力調査や審査をしていられないですよという話なんです。

【養老】カウントするのにも、コストがかかりますからね。

【井上】そうですね。さらに、ただでさえ現行の制度では取りこぼしがある、給付されない人がいるという生活保護の問題点が、もっと膨らんでしまう。

とても対処できないというので、汎用AIが登場したら、BIが社会的には不可欠になると思います。私は大学のときにコンピュータサイエンスを学んでいたので、AIのゼミに入ってたんです。

その後、2013年くらいから再びAIに興味を持ち、「AIが進歩していくのを止められないな」と思うと同時に、BIが不可欠だろうと思って、「AIとBI」というキャッチコピーまで作りました。「AIによって奪われた収入はBIで補完しよう」という考えを広めたくて。

 

ベーシックインカム以前に考えるべきこと

【養老】ベーシックインカムについて言うなら、日本という国が何をどれだけ必要としていて、何を買わなくちゃいけなくて、なんで稼いでいるのかという産業と需要の全体の帳尻を見なければいけないんだけど、その点を誰が見ているのかなという疑問がありますね。

多国籍企業が入ってきているからややこしいことになってると思うんですけど、そこらへんをまずはっきりさせないと、経済って考えられるのかな?と僕は思うんですね。

日本国の貸借対照表みたいなものがね。日本全体の資産をあぶり出すというか。そうじゃないと、議論がどうも宙に浮く。いわゆる文化系の議論でね。

例えば僕がずっとだまされてきたのは、日本は輸出入がないと生きていけない国だということを、散々教えられてきた。だけど、実際にGDPの輸出依存度という、輸出でどのくらい稼いでいるかを見ると、14~17%ですよ。

その数字を聞いた人は、ほとんどが信じられないと言うんだけどね。つまり、メディアの売り込んでいる常識は、輸出入に対する過度の依存体質でね。冗談じゃない。韓国もドイツも50%近くなんですよ。日本はそれよりはるかに少ない。

元ゴールドマン・サックスのアナリストだった、デービッド・アトキンソンさんが僕に教えてくれたんですよ。「その数字って、日本は自前で食っていけるってことですよ」といきなり言われたの。

ただ、買わなきゃいけないものがあるんです。それは石油なんですよ。だから、我々は石油を買うためにどれだけ働けばいいの?という、本当の意味の帳尻合わせというのか、全体としての見立てを最初にやらなきゃならない。

僕が経済を考えると、乱暴な考え方をするんですよね。「それじゃ、食べ物はどのくらい確保すればいいの?」と。ずっと以前ですけど、食料自給率の問題を農水省で議論したことがあります。

農水省が言っていたのは、20年くらい前の数字だけれども、輸入を一切止めたとしても、日本の田畑だけで戦後の国民が摂っていた総カロリーは保証できますと。だから、ギリギリ食っていけない国ではないと。食い物という意味ではね。

【井上】じゃあ、我々は相当煽られていたわけですね。

【養老】そうですよ。だから僕は「本当のところ、国としては何が要るのか?」という話に常に戻るんですけどね。極端に言えば、そこが確実に維持されているのであれば、あとはどうでもいいんですよ。それがわかった上で食っていけない人たちの層が現れたのであれば、金持ちから分捕ればいいわけで。

【井上】確かに。食っていけない層が、これから目に見えてくるでしょうし。

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