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考えて、工夫してもダメなら、もっと考えて工夫する/江夏 豊

《PHP新書『エースの資格』より》

林さんの指導でピッチングの基本線ができた

 プロ1年目の私は、散々に長打を食らっては失敗していました。とくにツーエンドツーもしくはフルカウントになると、インコースを攻めるしかなくなる。それで年間に230イニング投げて27本ものホームランを打たれていた。

 極端にいえば、9回に1本、必ず打たれている。もうこんなピッチングはしたくない、そんなピッチャーになりたくない、と思っていて、2年目のキャンプが始まってまもないころのことです。まさに林さん(註:この年入団した阪神タイガースの投手コーチ)から被本塁打の多さを指摘されて、こう言われました。

 「ホームランの数をもうちょっと少なくするには、コントロールをよくしなければいけない。そのためにはフォームのバランスだよ。キミの投げ方にはちょっと余分な力が入っているから、力を抜くための練習をやっていこう」

 余分な力が入っていた原因の1つは、砲丸投げです。私は中学時代、先輩と喧嘩したことがもとで野球部を辞めてしまって、その後、陸上部に所属して、短距離と砲丸投げの選手になりました。重い砲丸を投げることで地肩が強くなった反面、担いで投げるクセが残って、テークバックのときにいったん後ろに倒れる動きが余分だったんです。

 もっとも、林さんもそれを最初からわかって指摘したんじゃなしに、キャンプの第一クールはブルペンで力いっぱい、真っすぐを投げることを優先しました。

 そのなかで、「インコースに投げて打たれるのなら、アウトコースにコントロールできるように」という意図があったんでしょう。林さんは私には何も伝えない代わりに、キャッチャーにアウトローに構えさせて、そこに投げる練習ばかりさせた。

 アウトローに投げるのは苦手でしたから、投げるたびにシュートしたり、スライドしたり、ワンバウンドになったりする。第二クールまでそんな調子で嫌になりもしましたが、その様子を見た林さんから、「いまのままのフォームではアウトローに投げるのは無理があるんじゃないか」と言われて、砲丸投げのクセという欠点に行き着いたわけです。

 それからは、「自然体で投げられるキャッチボールの段階から、真っすぐ立った状態で投げられるように」ということで、キャッチボールに時間をかけました。さらにはボールを離すときの手首の角度、指先の力の入れ具合と、細かい部分の欠点もチェックされて修正していった。要は、林さんの指導によって投げ方をすべて改良され、徐々にアウトローのコントロールを身につけることができたんです。

 身についたのは真っすぐのコントロールだけではありません。1年目は曲がらなかったカーブにしても、その後、林さんからゴムまりをもたされて、一生懸命、スナップを利かせる練習をしたらよくなった。ある程度、曲がるようになって、実戦練習で使ってみると、バッターの人がみんな空振りするんです。フォークのように曲がって落ちたんですね。

 こうして私は、フォームのバランスが修正されたことでコントロールという技術を身につけ、アウトローの真っすぐと小さく曲がり落ちるカープという、自分のピッチングの基本線をつくることができた。

 ただ、林さんの指導内容そのものはまったく特別なものではなく、すべて基本中の基本です。つまり、私は曲がりなりにもプロのピッチャーでありながら、その基本すら理解していなかったんですよ。

 そこで思うのは、もしも林さんが上から押さえつけて、頭ごなしに自分の指導を押しつける人だったら、私は聞く耳をもてなかったかもわからないということ。技術的にも精神的にも未熟だった20歳前の自分に対し、教えるというよりも、つねに諭すようにして、対話そのものが楽しく感じられるほどだったから、素直に課題に取り組んでいけた。

 そういう意味で、林さんは私にとってかけがえのない指導者であり、どれだけ感謝の言葉を並べても足りないほどの恩人なのですが、ずっと面倒をみてもらえたかといったら決してそうじゃない。林さんはその年かぎりで退団されたんです。

 だからこそプロ野球の世界、自分にとっていい指導者とめぐり会えるかどうかは運でしかないし、私にしてみれば、林さんとの出会いは運命的だったといえます。

工夫するなかで決断力をもってチャレンジできるか

 自分にとって「運命的」ともいえる人との出会いは、人生を歩んでいくなかで、そう何度もあるものではないでしょう。

 しかも、じつはそれだけの人とめぐり会っているのに、自分では気づかずにその人を離してしまうケースもあれば、自分で「この人だ」と思ってつかんだ人が、ぜんぜんそうじゃなかった、というケースもあると思います。

 これを「不運」と言うならば、そんな不運に陥らないために、自分で自分の目を養うことが大事です。数多くの人と会って、いろんなことを自分で考えていけば、結果的に運をつかむことはできると思う。そのうえでいちばん大事なのは、工夫すること。私はそういう人が人生で成功するんだと思います。

 プロ野球の世界でも、考えて、工夫していない一流選手は一人たりともいません。エースであれ、4番であれ、だれしも工夫しています。才能だけでその座に就いた選手なんて一人もいません。あとは、工夫していくなかで、自分で決断力をもってチャレンジできるか、できないかの違いでしょう。

 自分で「こうしたいな。こういうことをちょっとやってみたいな」と思っても、決断力がなければ、いつまで経ってもおんなじレベルで行ったり来たりしているわけです。

 でも、「間違ってもいいんだ。自分でいっぺんこれをやってみよう」と決断して、やってみる。結果、それがすべて成功することはないでしょう。半分は失敗するでしょう。けれども決断して失敗したことによって、自分なりに1つ学べば、次のときには、それが生かされるのです。だから、大事なのは、工夫と決断力なんです。

 たしかに、工夫していくなかで、「これは自分にできても、これだけは自分にはどうしてもできない」ということに気づくときがあると思います。その見極めができないと、かえって苦しむことになるかもわかりません。

 そういう意味では、見極めや切り替えがまともにできる頭のよさ、もしくは要領のよさがあればいいんですが、そういう人はまず少ないと私は思う。たいていは未練たらしく、「なんとかあきらめないで」となるほうが多いでしょうし、そうなると、やっぱり苦しくて、きつくなると思います。

 でも、チャレンジするからには、きつい思いをするぐらいでちょうどいい。見極めて、スパッと切り替えてよかった、というのはあくまでも結果論ですから。

 1つ、自分にとっていいと思うものを追い求める過程においては、やはり、簡単にあきらめてはダメです。考えて、工夫してもダメなら、もっと考えて工夫する。それぐらい強く追い求めたほうが、たとえ大きな成果が得られなくても、自分にとって必ずプラスになるはずですから。

 これはもう、野球だけじゃなしに、どんなスポーツの世界でもそうでしょうし、一般社会の方の人生もそう。

 もちろん、それぞれの分野で取り組んでいる内容は違いますし、プロ野球で生きていくとなると、もって生まれた素材、素質が必要になってきます。それでも考え方、そうした姿勢の大切さは、野球界も一般社会もいっしょだと思います。

 

江夏 豊 

(えなつ・ゆたか) 

野球評論家・元プロ野球投手 

1948年、兵庫県生まれ。大阪学院大学高等学校卒業後、1966年ドラフト1位で阪神タイガースに入団。2年目にはシーズン401奪三振の世界記録を樹立、名実ともにエースとして君臨する。1976年に南海ホークスへ移籍、ストッパーのパイオニアとして球界に革命を起こす。広島、日本ハムではチームの優勝に貢献。1984年シーズン終了後、引退を発表。翌年メジャーリーグに挑戦したことでも話題に。最多勝2回、最優秀防御率1回、最多奪三振6回、最優秀救援投手5回。206勝193セーブの類まれな生涯成績、オールスターゲームでの「9者連続奪三振」、日本シリーズでの「江夏の21球」と名場面に彩られたその人生は、「20世紀最高の投手の1人」といまだに評される所以である。
著書に『左腕の誇り』(草思社/新潮文庫)共著に『なぜ阪神は勝てないのか?』(角川oneテーマ21)などがある。


◇書籍紹介◇

エースの資格

江夏豊 著
本体価格 720円   
 

エースはわがままじゃなきゃダメなんだ……。「9連続奪三振」「江夏の21球」。数々の伝説を打ち立てた球界のエースが語るプロの自覚。

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