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大震災で浮き彫りとなった「国防の死角」

清谷信一(軍事ジャーナリスト/作家)

2012年02月23日 公開 2022年11月09日 更新

 

クーラーがなく、夏場は活動できない化学防護車

化学防護車に搭乗している現場の隊員によれば、化学防護車はクーラーがないため、夏場は30分ほどしか活動ができないそうです。化学防護車を含め、わが国のNBCR防護システムを搭載した装甲車輌にクーラーが搭載されていないことは、大きな問題です。

最新型の10式戦車にしても、電子機器を冷却する専用クーラーは搭載されていますが、乗員用のクーラーはありません。おそらくは調達単価を下げるためでしょうが、わずか30分の活動時間では、まともな作戦行動は不可能です。またNBCスーツにしても、これを夏場に長時間着こむと熱中症になるので冷却システムが必要ですが、一部のNBCR部隊用を除き、これもほとんど装備されていません。

今回の大震災が発生したのは3月でした。これが夏に発生していたら、どうなっていたでしょうか。おそらく冷房を持たない化学防護車は、まともに運用できなかったはずです。

平成23年(2011年)度の予算で要求された新型のNBC偵察車には、クーラーが搭載されています。ですが、配備は24年(2012年)度からの予定です。

自民党の石破茂氏は防衛庁長官当時、このNBC偵察車が導入されるまでのあいだ、ストップ・ギャップとしてドイツのラインメタルのフォックスNBCR車を少数導入することを提案しました。しかし防衛庁は、同車の横幅が2.5メートル以上あり、法令上、わが国では運用できないと石破氏に説明して、この話は流れました。

ですが、筆者が国交省(国土交通省)に取材したところ、「特殊車両通行照会書」を出して認定を受け、毎年「特殊車両通行通知書」を提出すれば、現行法で運用できるとのことでした。わずか数輌であれば、このような運用をしても問題がなかったはずです。

この規制は、外国の装甲車輌が導入できないための「非関税障壁」として機能しています。おそらく防衛庁は他の多くの普通科部隊同様、フォックスNBCR車が輸入されると、これが「蟻の一穴」となって装甲車輌の輸入に道が開け、国産装甲車の調達が圧迫されることを警戒したのではないでしょうか。

彼らは「万が一の有事」に備えることよりも、組織の利益を優先したのでしょう。そして、その「万が一」の事態が福島で発生しました。震災直後、防衛省ではNBC偵察車が導入されるまでのあいだ、外国製のNBCR偵察車を緊急輸入することが検討されたそうです。

他の兵科の部隊の対NBCR能力にも問題があります。主力の首都の防衛を預かる第一師団の普通科には、他の多くの普通科部隊同様、つい最近まで装甲車輌がありませんでした。このため、平成23年(2011年)度からやっと四名乗りの軽装甲機動車がAPC(装甲兵員輸送車)として導入され始めました。

装甲車輌の対NBCシステムは密閉した車内の気圧を上げて、細菌や化学兵器などの侵入を防ぎ、内部の空気供給は特殊なフィルターで外気を濾過して有害物質が車内に入り込むことを防ぎます。これは、非装甲の車輌では不可能です。ですから、機械化、装甲化されていない部隊はNBCR環境での活用は、あまり期待できません。

ですが、この軽装甲機動車はNBC防護システムを搭載していません。ちなみに、通常、諸外国でこのような小型の装甲車をAPCとして使用しません。

自衛隊でも、対NBC装備を搭載した96式装輪装甲車という10名(うち下車隊員8名)乗りの装甲車がありますが、陸自は安価な軽装甲機動車をより多くAPCとして調達、使用しており、事実上、陸自の主力APCとなっています。このため、NBCR環境下において、多くの普通科部隊は極めて限定的にしか活動できません。

 

途上国すら持っている装甲野戦救急車がない

前線で負傷者が出た場合、非装甲の救急車では銃弾や砲弾の破片を防げません。ですから、戦場において、装甲野戦救急車は必要不可欠です。

ですが、陸自には装甲野戦救急車が存在しません。わが国からODA(政府開発援助)を受けているトルコやパキスタンなどの途上国でも、広く装甲野戦救急車が使用されています。装甲野戦救急車にNBC防護システムを装備すれば、NBCR状況において、隊員はもちろん、民間人の傷病者の搬送が可能です。これは、ぜひとも早急に装備化するべきです。

また、米国をはじめ先進国では、空飛ぶ救急車ともいうべきメディバック(medivac=medical evacuation)ヘリを運用している国もあります。いわば軍用のドクターヘリです。

救急車よりもコストはかかりますが、迅速に傷病兵を移送できるために、救急車で移送していたら死んでいたであろう重体の傷病兵の命を救うこともできます。ですから、実戦を経験している国ほど、このメディバック用ヘリを導入しています。

自衛隊でも汎用ヘリに搭載する医療システムは装備していますが、有事になれば汎用ヘリは兵員や物資の輸送に取られて医療部隊まで回ってこないでしょう。ですから、このようなメディバック用のヘリの導入も必要です。

たとえば各方面隊で2~3機のメディバックヘリを配備し、平時にはこれをドクターヘリとして活用してはどうでしょうか。運用費の一部を厚労省(厚生労働省)や地方自治体に負担してもらえば、運用費が低減できます。自治体も、安価にドクターヘリが運用できるメリットがあります。これなら地方の医療に貢献するだけではなく、クルーの技術向上と維持も可能です。

機体は、ドクターヘリによく利用されるユーロコプターと川崎重工が共同で開発したEC145(川重はBK117と呼称)や、より小型のEC135などを採用すれば、調達単価は2~7億円程度です。陸自の調達している12億円するUH-11に比べ、半額程度で調達できます。また、民間で多用されているのでパーツ代なども安く、運用コストも低減できます。

 

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