ある公立高校の奇跡…国公立大の合格者を18倍に激増させた「探求学習」

茂木健一郎
2024.05.02 11:29 2019.04.23 12:00

学校の廊下
「これまでの日本の教育のままでは、世界で戦えない」「AI時代に、活躍できる人材に育たない」とよく言われます。では、今後求められているのは、どのような勉強法なのでしょうか。脳科学者である茂木健一郎先生に聞きました。

※本記事は、PHP新書『本当に頭のいい子を育てる 世界標準の勉強法』(茂木健一郎著)の内容を抜粋・編集したものです

探究学習を経験した子は、試験の成績も上がる

茂木健一郎さん茂木健一郎さん(写真:片桐圭)

「記憶力や知識量」を問う日本の偏差値重視の教育は、時代遅れであることは否めません。AIに仕事が代替されるこれからの時代には、「思考力・判断力・表現力」が必要になってきます。

これらは地頭の良さが問われるもの。この地頭を良くするのが、教育改革期の今、注目されている「探究学習」であると、僕は近著『本当に頭のいい子を育てる 世界標準の勉強法』(PHP新書)にて紹介しています。

探究学習とは、「能動的な学習」「答えを導き出すための力をつける学習」です。自ら設定した課題に対して、仮説を立てたり情報を集めたりして、主体的にその答えを探っていきます。

結論に導くこと自体が学習なのです。しかしながら、非常にもどかしい状況なのですが、今の時点では、探究学習などの成果は受験において評価してもらえません。いずれそうなるかもしれませんが、今は過渡期なので「記憶力や知識量」が問われます。

過渡期ということは、探究学習も受験勉強も両方やらなければならないわけです。これは、大変だ……と思うかもしれませんね。ところが、探究学習を経験した子は、学校の成績も上がります。

探究で国公立大合格者が18倍になった「堀川の奇跡」

テストに挑む子ども
※写真はイメージです

それを見事に証明してみせたのが京都の公立高校、堀川高校です。2002年に、前年度六人だった国公立大学現役合格者が、いきなり106人になり、京都大学にも6人合格しました。この出来事は、「堀川の奇跡」といわれ、たびたびメディアに取り上げられました。

堀川高校の国公立大現役合格者が約18倍に増えたのは、なぜなのか。

1999年4月、堀川高校では教職員たちの教育改革によって、探究科が設置されました。探究科では、生徒たちの興味や関心を引き出す探究学習を導入し、楽しく学べる学校を目指しました。

そして探究科の一期生が卒業した2002年に、国公立大現役合格者が前年の約18倍になったというわけです。今では、普通科・探究科、現・浪合わせて50名から70名弱が京大や東大に進学していると聞きます。堀川高校の進学実績などを含めた飛躍は、明らかに探究学習の結果です。

以前、僕はテレビの取材で、当時堀川高校で校長先生をされていた荒瀬克己さんにお話を伺ったことがあります。今回、近著の取材のため、堀川高校を実際に訪れ、探究学習をしている高校2年生の生徒たちに「探究学習をやることが受験勉強にどのように影響すると思うか」を聞きました。

男子生徒の1人は、「自分が好きなことを探究するため、主体性が養われるし、探究課題についての知識もいっぱい身について楽しくなる。

そのモチベーションと主体性を持ったまま受験勉強に取り組んでいけると思うので、来年の受験もうまくいく気がします」と語ってくれました。

ある女子生徒は、「探究学習に取り組んでからは、勉強の仕方が変わりました。今まではただ教科書を読んで知識を吸収していくだけだったんですけど、ある事柄がわからなかったら、調べてさらに深く追究するようになった。

そうすると、受験勉強もただ知識を詰め込むだけの味気ないものじゃなく思えてきて、楽しく勉強できるようになりました」と答えてくれました。

堀川高校の生徒たちのほとんどは、探究学習を通して受験勉強も楽しめるようになったようでした。

 

養老孟司さんも堀江貴文さんも、「探究」を実践していた?

勉強する高校生
※写真はイメージです

堀川高校の他にも、「探究学習をしている子が、していない子に比べて、学力が上がっている」という事例はたくさん聞きます。

例えば、解剖学者の養老孟司さんをはじめとする多くの研究者が、子どもの頃に昆虫採集に熱中する、などの探究的経験を持っています。研究者の中の昆虫愛好家率はとても高いのです。

ではなぜ、入試科目に直接関係のない探究を積んだ方が、学力が上がるのか。それは、探究学習をどれくらい行なったかということが、その子の地頭の良さに繫がってくるからです。

ホリエモンこと堀江貴文さんの例を見てみましょう。堀江さんの話では、久留米大学附設高校2年の終わり頃の成績は、後ろから5番目くらいだったそうです。

彼がいうには、中学校2年生から高校2年生までは、ほとんどの時間をゲームとプログラミングに費やし、とにかく熱中して探究していたとか。そして高校3年生になったときに、ハッとして「やっぱり東大に行きたい!」と思い、一年間は受験勉強に専念します。結果、見事東京大学に現役合格しました。

堀江さんが1年勉強しただけで東大に現役合格できたのは、探究学習を積んでいたおかげで既に地頭ができあがっており、受験科目も難なく吸収できたためだと思います。

つまり、探究することは脳の基礎体力を養うようなものなのです。

探究は脳を「フロー」に導く─グーグルの取り組み

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グーグルの北米本社では、従業員が仕事に没頭し続け、最高のパフォーマンスを引き出すことができるように、さまざまな取り組みが実行されています。

グーグルの取り組みの中には、探究することも入っています。じつは、探究を深めていくと脳は「フロー」という状態に入り、恍惚状態になることがわかっています。それまでの脳と探究を行なったあとの脳ではすっかり変わります。

どのように変わるのかというと、探究により、課題や仕事に没頭し続け、最高のパフォーマンスをやってのける脳に変わっていくのです。

「フロー」について、もう少し詳しく説明しましょう。心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱されたもので、最高に集中した精神状態のことです。

「集中しているが、リラックスしており、最大のパフォーマンスを発揮する」状態です。フローにおいては、このパフォーマンスをしたら成績が上がるとか、メダルがもらえるとか、行為を手段としてとらえるのではなく、行為自体が目的となるのです。フローは「ゾーン」とも呼ばれます。

フロー、あるいはゾーン状態のとき、脳内ではドーパミンやセロトニンをはじめとする、あらゆる神経伝達物質が活性化し、快感を得ます。それによって圧倒的な集中力が生まれ、最高のパフォーマンスが発揮できるようになるのです。

余談めいた話になりますが、グーグルがこの「フロー」状態に入ることを重視しているのは、「バーニングマン」というイベントへの参加を従業員に推奨していることからもえます。

「バーニングマン」とは、アメリカ北西部のネバダ州のブラックロック砂漠で毎年1週間限定で開催されるイベント。グーグルの創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、毎年欠かさずこのイベントに参加しているそうです。

砂漠の中の会場は、総面積約4.5平方キロメートルという広大な街とその周辺。電気、水道、電話、ガス、テレビ・ラジオ、携帯電話などのサービスもなし。そのため参加者は、食料と水、テントなどを持参し、他の参加者と助け合いながら砂漠の中で一週間を過ごします。

その間、昼夜を問わず、度肝を抜かれるような映像、方向感覚を狂わせる音響、アート・インスタレーションなどが開催され、会場全体がカオス状態になるのです。

この体験が重要なのは、それによって脳が「フロー」状態になることです。日常と異なる条件下で、与えられたものを使って、なんとか1週間を過ごしていく。ある意味、探究が不可欠な状況といってもいいでしょう。

バーニングマンは、確かに圧倒的体験ではありますが、年1回のイベントです。グーグルでは日常的に社員がフロー状態でいられるように、社員が行なう探究の助成なども行なっています。

探究は、脳が喜び、パフォーマンスが上がり、さらに思考力や受験への対応力もつく、まさに「究極」の勉強法と言えるでしょう。

茂木健一郎

茂木健一郎

1962年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。脳科学者。