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「感情を制御できない子」の家庭に欠けていたもの



2021年07月02日 公開

森口佑介(発達心理学者・京都大学大学院文学研究科准教授)

森口佑介

他者を信頼することができるか――それが子どもの発達格差を生み出す根本原因であることを証明する有名な実験結果がある。子どもの「他者への信頼感」を育てられるかどうかは、親(養育者)がどう子どもに接するかにかかっている。

※本稿は、森口佑介著『子どもの発達格差』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。

 

「今を生きる」A君の話

筆者はいくつかの自治体の事業に携わっています。こういった事業や子どもの支援に身を置いていると、かなり厳しい環境に置かれている子どもに接することが少なくありません。プライバシーの関係で、ここではそういった経験に基づいた架空の子どもについて紹介します。

――小学校低学年のA君。衝動的な行動や感情の爆発を抑えきれず、教師は問題児だと思っています。A君の父親は、A君が小さい頃に家を出ていってしまいました。記憶にはほとんどありません。

母親に甘えたいところですが、家にいる時間は少なく、ときどき知らない男の人を連れてきます。この男の人といるときは、母親はA君にとても冷たいです。

家に食べ物はなく、いつもお腹を空かせています。母親がご飯をつくってくれることはなく、カップラーメンや菓子パンなどをときどき買ってきてくれます。ただ、食べ物を家に置いておくと、母親なのか、その男の人なのか、誰かが食べてしまい、すぐになくなってしまいます―― 

A君は、食べ物があれば、がまんすることはなく、すぐに食べてしまいます。友達がお弁当を忘れてきたところで、自分のパンを分けることはしないでしょう。

A君は「今を生きる」(目の前の欲求を優先する)子どもだと思われます。ここでA君が、「未来に向かう」(目標に向かって自分をコントロールする)必要があるのか、という点を考えてみたいと思います。

常にお腹を空かせていて、いつお金や食料を持ってきてくれるかわからないのに、「今はがまんして、後で食べなさい」とか、「友達に分けてあげなさい」と言うことは難しいように思います。

したがって、A君が「今を生きる」のは、単純に発達が遅れているということではないのです。彼が置かれている生活にとって、最も適した行動をとっているだけなのです。

特に、この場合、「食べ物が不足している」という物理的な状況はもちろんのこと、「食べ物を置いておくと誰かに食べられる」という社会的な状況が重要になってきます。残しておいてもなくなるくらいなら、今すぐに食べようという選択は適切なのです。

このことをもう少し一般化するために、有名な「マシュマロテスト」について考えてみたいと思います。

 

「マシュマロテスト」は他者への信頼を表す?

目の前にマシュマロが一つ置いてあります。子どもは、お腹がペコペコのようです。

そこで子どもは実験者から、「目の前にある一つのマシュマロを食べてもいいよ。でも、15分待ったら、マシュマロを二つあげるよ」と告げられます。その後、実験者は部屋から出ていきます。

子どもは、今すぐ食べたいという気持ちと、少しがまんすればマシュマロが2倍になるという事実との間で揺れます。子どもはどういう行動をとるでしょうか。

これは、心理学で有名な実験の一つであるマシュマロテストです。このテストは、半世紀ほど前にウォルター・ミッシェル博士によって開発されました。

 このマシュマロテストでは、目の前のマシュマロを選ぶ子どもと、がまんして後で二つのマシュマロを選ぶことができる子どもがいます。前者は本書で言うところの「今を生きる」子ども、後者は「未来に向かう」子どもに該当することになります。

一見すると、目の前のマシュマロを選ぶ子どもは、がまんが足りない子どもということになります。目の前のマシュマロへの衝動を抑えきれない、困った子ども。一方で、15分間待つことができた子どもは、がまんができる、お利口な子ども。そういうふうに思う方もいるかもしれません。

ですが、少し考えてみてほしいのです。本当に、「今を生きる」子どもは、望ましくない子どもなのでしょうか。

マシュマロテストで大事なことは、実は、マシュマロをくれる人への信頼です。マシュマロテストでは、子どもにとって初対面の実験者が担当するので、この人を信頼していいかわかりません。

15分待ったらマシュマロを二つくれると言われても、部屋から出ていったこの人が本当に戻ってくるかはわかりませんし、戻ってきてもマシュマロをくれるかもわかりません。

本当に二つくれるかどうかわからないのであれば、目の前のマシュマロを食べることは、決して間違った選択ではありません。実際、そのようなことを考えさせる、興味深い研究が最近報告されています。

この研究では、まず、子どもと実験アシスタントが一緒に絵を描くなどして遊んでいます。その様子を実験者はみています。その後、アシスタントが部屋を出ていった際に、実験者はアシスタントの作品を壊します。このとき、二つの条件を設けました。

一つは、信頼できる実験者です。実験者は誤って作品を壊してしまいます。アシスタントが部屋に戻ってきたときに、自分が壊してしまったことを告げ、真摯に謝ります。

もう一つは、信頼できない実験者です。実験者はわざと作品を壊し、アシスタントが部屋に戻ってきたときに、自分は作品を壊していない、誰が壊したかもわからないと伝えます。

この後、それぞれの実験者がマシュマロテストを子どもに対して行いました。その結果、子どもが二つのマシュマロを得るために待つことができる時間は、信頼できる実験者の場合には、信頼できない実験者の場合よりも、約3倍長かったのです。

ここで大事なのが、実験者が示した行動(アシスタントの作品を壊す)は、マシュマロをくれることと直接的な関係がないという点です。それであっても、子どもは実験者の不誠実な様子をみることで、待っても二つもらえないかもしれないと考え、今すぐのマシュマロを選んだのです。

この結果は、マシュマロテストで二つもらうことを選ぶためには、他者をどれだけ信頼しているかが大事であることを示しています

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