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『日暮硯』を読み解く~松代藩家老・恩田木工に学ぶ「人の動かし方」

河合敦(歴史作家/多摩大学客員教授)

2013年11月08日 公開 2023年01月05日 更新

人間は楽しみが必要である

訳文

 「ところでおまえたち、家業は抜かりなく精を出して努めるのだぞ。言うまでもないことだが、家業をおろそかにする者は、天下の大罪人である。ただ、家業に励んでなお余力があれば、それぞれがどんな娯楽をしてもかまわないと思っている。

 慰みに人形浄瑠璃や三味線、さらには博奕なりとも、好きなことをして楽しむがよいぞ。ただし博奕は、天下の御法度だから、これを商売にしようとする者があれば厳罰に処するつもりだ。

 くれぐれも博奕を商売にすることは慎みなさい。ただし、慰みに打つぶんにはかまわないので、そう心得ておくように。

 人はそれなりの楽しみがなければ、がんばれないものだ。家業にも励もう、楽しみもしよう、人間それが大事なのだ」
 

原文

「さてまた皆々ずいぶん家業lこ油断なく出精すべし。家業におろそかなるものは、天下の罪人なり。家業を出精して余分あらば、分限相応の楽は如何なる儀にても苦しからず候。家業に出精の上、楽しむ事ならば、慰みには浄瑠璃、三味線、博奕なりとも、好きたる事をして楽しむべし。しかし、博奕は天下一統御法度なり。もし商売にいたすものこれ有るにおいては、きっと曲事に申し付くべし。くれぐれも博奕を商売にいたす儀は、公儀御法度なれば、きっと相慎み申すべく候。慰みにいたす分は苦しからず候間、予て左様相心得べく候。すべて人は分限相応の楽がなくては、精も出で難きものなり。精も出すべし、楽もすべし」
 

解説

 近年、「仕事をがんばった自分にご褒美を与える」、といった言葉が若者の間で流行っている。確かに働きづめに働くだけで、楽しみがなければ人生はつまらない。息が詰まってしまう。

 江戸時代も同じこと。恩田木工はそうした人間の機微がよくわかっていたのだ。

 ただ、意外なのは、商売にしなければ博奕を打つこともかまわないと断言したことであろう。原則、賭け事は幕府によって禁じられており、諸藩でもそれに従って犯罪として処分している。それを許すとは、なんとも解しがたい。商売にしなければよいとは、いったい何を意味するのだろう。

 こうした疑問については、まもなく明らかになってくると思う。

 いずれにせよ、藩政改革というのは、一般的には倹約令が厳しく出されるところから始まるもの。とくに領民については、家業に励み、質素に暮らすよう厳命することが多い。そうした中で、仕事さえまじめにしていれば、思う存分、楽しんでよろしいと改革担当者が命じるのはかなり珍しいことといえる。

 ただ、そうした事例がないわけではない。

 木工の時代から30年前、尾張藩主・徳川宗春が、享保の改革が行なわれている真っ最中に、名古屋城下の祭りを大々的に復活させ、藩士の芝居見物を許可し、厳禁されていた遊郭の設置を認めたことがある。

 庶民や藩士の娯楽を認めることで、名古屋城下を繁栄させようとしたのだ。宗春自身も出座して祭りや芝居を楽しみ、お忍びで遊郭へ足を向けたという。このため名古屋城下には芝居小屋が林立し、遊郭の数も日ごとに増えた。だが結局、尾張藩の財政は大赤字となり、幕府にも睨まれ、宗春は失脚してしまった。

 また、木工の時代から100年下った福岡藩でも、改革担当の久野外記が、「兎に角、諸事華美に致し、常芝居など取り始め、あるいは芸子など追々入り込み候儀を差し許し、専ら賑わい候様これ有り度、左様候得ば、自然と旅人なども入れ込み多く相成り、御国繁栄に基き候」(『石見屋日記』)とあるように、常設の芝居小屋を許して芸人をどんどん城下に招けば、大いに賑わい、旅人なども立ち寄り、大いに藩が繁栄するはずだと考え、領民に大いに華美を奨励し、夜店や貸馬、遊覧舟などの営業を認め、藩が主催して芝居や歌舞伎、相撲や富籤などを盛んに行ない、領民のみならず、旅人や観光客を城下に誘致した。

 しかし、やはりこの改革もうまくいかなかった。どうやら庶民に娯楽を許してしまうと、弛緩して改革がうまくいかなくなるのが一般的だったようだ。


書籍紹介

[新訳]日暮硯
藩政改革のバイブルに学ぶ人の動かし方

河合敦 編訳
本体価格950円
「仁政」を施し、藩の財政を建て直した、信州松代藩の家老・恩田木工の采配が現代社会に伝えるものとは。

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