【連載:和田彩花の「乙女の絵画案内」】 第9回/スーラ『グランド・ジャット島の日曜日の午後』
2014年01月24日 公開 2015年04月24日 更新
ジョルジュ・スーラ(1859-1891)
新印象派の創始者。印象派で用いられた技法「筆触分割」に、光彩理論や視覚理論を取り入れることで、点描に発展させた。1859年、パリに生まれ、エコール・デ・ボザール(国立美術学校)に入学。1883年、サロンに入選。その後、ポール・シニャックと出会い、独立派を設立する。点描による大作『グランド・ジャット島の日曜日の午後』(シカゴ美術館蔵)が、第8回印象派展に出品され大きな話題を呼んだ。1891年、31歳の若さで死去するも、のちの画家らに多大な影響を与えた。
目を開けたら急に好きになっていた
点描で描かれた絵が好きになった瞬間を、いまでもはっきり覚えています。
点描とは、ポール・シャニックや、今回取り上げる『グランド・ジャット島の日曜日の午後』を描いたスーラが用いた絵を描く技法で、絵具を混ぜず、点のようにキャンバスに色をのせていくものです。
そのときまで、私のなかで点描の絵というのは、目が疲れるなぁといった感想しかありませんでした。
西洋美術館に展示されていたシニャックの絵を初めて観たときも、その細かさに目が疲れてしまいました。そこで、ちょっとだけ目を閉じて、頭の中でそれぞれの色を混ぜてみました。そしてふたたび目を開けて、しだいにピントがはっきりしてくると、1つひとつの点が、感動的に溶けあっていたのです! そのとき、点描という絵の描き方が好きになりました。
点描で描くのがどんなに大変かということは、想像はできていました。それでも、わざわざ疲れる描き方をして、それで新しい絵を切り拓いたぞ、なんて自己満足でやっているのかも。印象派のほかの画家たちに負けたくないから、新しいことを無理してやっているのでは? なんて、偏見をもっていたんです。
でも、そうではなかった。点描の絵を好きになった瞬間、私は初めてスーラやシニャックが点描を追究しつづけた理由がわかった気がしました。
印象派の父であるマネが、色としての黒を発見し、印象派の画家たちが、キャンバスの上にありとあらゆる色を思いっきりちりばめた。そこからさらに、色に対する想いやこだわりを究めていったのが、スーラやシニャックら点描の画家たちです。彼らが点で絵を描いたのも、ライバル心やかっこつけではなく、そう描きたいという心があったからでしょう。彼らはきっと、点で描くしかなかったのです。
スーラは、31歳という若さで生涯を終えます。死因ははっきりしていないようですが、色をとことんまで追い求めた求道者としての精神が、スーラの肉体を限界に追いやってしまったのではないかな、とさえ感じてしまいます。
理想的な日曜日の午後
色を追い求めたスーラにとって、最高のシチュエーションが、この絵のモチーフであるグランド・ジャット島だったのでしょう。
そこにはスーラにとって、点描を最大限に活用できるものがたくさんあったはずです。
絵のなかの登場人物たちは、一緒に何かをしているというわけではありません。それぞれが、晴れた日曜の午後を過ごしています。
グランド・ジャット島は、パリの西部、セーヌ川に浮かぶ中洲のこと。ほかの印象派の画家たちの絵にも登場します。
19世紀後半のパリの光景。フランスに行ったことさえない私には、当時の人たちが日曜日をどんなふうに過ごしていたか、実際のところはわかりません。それでもこの絵をとおしてさまざまなストーリーを考えるのが、とても楽しいです。
私がこの絵で気になったのは、日傘をさした女性の顔の白さです。日陰にいて、日傘もさしている女性の顔が、なぜか光があたっているかのように真っ白。なんだか不思議な感じです。絵を観ている人に、まずこの女性に注目してもらいたかったのでしょうか。この女性は、紐でつないだ猿を連れています。このころは、猿を飼うのが流行っていたのかな?
パイプを吸いながら寝そべっている手前の男性の横には、山高帽をかぶり、ステッキをもったスーツ姿の男性が体育座りで座っています。ちゃんとした格好をしているということは、もしかして休日出勤の帰りでしょうか。あるいは、仕事の休憩中? もしくは、休日でもきちんとした服で過ごす習慣があったのかもしれませんね。
絵に登場する人たちは、みなさん裕福そうに見えますが、服装は前の時代のものと比較すると、ずいぶんシンプルになってきました。いまの時代に近づいてきた感じですね。
川面をぼんやり眺めている人、ぼーっとしている人、自分の趣味に没頭している人。
じっと絵を観ていると、私も1つひとつの点に分解されて、絵のなかの登場人物の1人になっていくような気がしてきます。
スーラは、この絵の制作に約2年もの歳月をかけています。そのあいだには、たくさんの習作が描かれました。
つまり、ここに描かれている人たちは、ある日曜日の午後に実際に居合わせたのではありません。このシーンは、いってみればスーラの理想として描かれた、日曜日の午後なのです。
スーラは何度もこの場所に通って、人間観察をしたのでしょう。スケッチにも描いたはずです。そんな膨大な記憶のなかから取り出されたそれぞれの要素が、1つひとつの点をとおして、私たちにも見えるように組み合わされたのだと思います。
芸術家としての探究心
それにしても、点描という技法は、その作業を想像すればするほど気が遠くなりそうです。どんなふうに点を並べていけば絵になるかを、絵から少し離れた自分を計算しながら描いていく。
冷静な分析力と、それを実行に移す精神力がなければ、絶対に完成できないと思います。アートのなかでも、サイエンスに近いのが点描ではないでしょうか。
そこまで突き詰めてしまった、スーラの芸術家としての探究心を尊敬します。
絵もすごいけど、本人はもっとすごい!
しかも、未知のジャンルを孤独に突き進んでいくんです。お手本があるわけではないので、壁にぶつかることも多かったでしょう。
スーラはどんなふうにして、壁を乗り越えていったのでしょうか。
私だったら、途中であきらめてしまうと思うんです。認められるかどうかもわからないし、新しいものは悪く言われたり、批判されることが多いのも美術界の歴史ですから。
そんな絵画の世界のパイオニアのことを、私ももっと勉強したいと思いますし、もっと好きになりたいと思います。
2013年、国立新美術館で開催されていた展覧会『印象派を超えて――点描の画家たち』で、初めて、スーラが描いた絵と出会えました。点描画は、だれが描いても同じなんじゃないかなと思っていたのですが、直接観てみると、かなり違っていたのが驚きでした。
スーラは、点が細かくて几帳面な印象。1つひとつの点がすべて同じ大きさなのではと思えるほどです。やっぱり絵画は、実物を観ないとわからない。
『グランド・ジャット島の日曜日の午後』を完成させるまでの、スーラの執念のような日々に想いを馳せます。縦約2メートル、横約3メートルという大作を描くのは、とても大変だったことでしょう。
スーラは、きっと心がすごく強いのだと思います。
精神の強さ。科学者のような探究心。当時登場したばかりの絵具も、いろいろ使っていたそうです。
スーラの人生は、残念ながらとても短いものでしたが、彼が画家として求めたものは、時間を超えて、現在でもたくさんの人の心をつかんで放しません。
そのことを、1人の絵画ファンとしてとても幸せに感じます。
<著者紹介>
和田彩花
(わだ・あやか)
1994年8月1日生/A型/群馬県出身
ハロー!プロジェクトのグループ「スマイレージ」のリーダー。
2009年、スマイレージの結成メンバーに選ばれ、2010年5月『夢見る 15歳』でメジャーデビュー。同年の「第52回輝く!日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。近年では、SATOYAMA movementより誕生した鞘師里保(モーニング娘。)との音楽ユニット「ピーベリー」としても活動中。高校1年生のころから西洋絵画に興味をもちはじめ、その後、専門的にも学んでいる。