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PM2.5――細菌やウイルスと違う新たな脅威

畠山史郎(日本エアロゾル学会会長)

2014年03月03日 公開 2014年10月21日 更新

《PHP新書『越境する大気汚染』より》

 

PM2.5とSPMとPM10

 そもそもPM2.5っていったい何でしょうか。

 PM2.5のPMとは英語の ParticulateMatter の頭文字で、大気中に浮遊している微小な粒子状物質という意味です。大気中に浮遊している微小な粒子状物質のうち、その粒径(粒子の直径)が2.5μm以下の小さな粒子のことをPM2.5と呼んでいます。

 ただし、現在の捕集法で言うと、大気中に浮遊している粒子状物質のうち、大きなものをすべて取り除いて、2.5μm以下の粒子を捕集するわけにはいかないので、捕集効率50%が2.5μm粒子であることを指します(図)。厳密に言えばそうなのですが、PM2.5と言えば、一般的には「2.5μm以下の小さな粒子」のことと考えて良いと思います。

 

 

 同じように、PM10というのも、10μm以下の粒子状物質を捕集効率50%でつかまえたものをPM10と呼んでいるのです。

 一方、粒径10μmを越える粒子を100%カットした粒子を、PMと同じように表すと図に示すようにPM6.5~7位に相当します。

 この浮遊粒子状物質は、その英語 Suspended Particulate Matterの頭文字をとってSPMと略称されます。

 現在の欧米での大気の浮遊物に対する環境基準は、ほとんどPM2.5の値によっています。従来、日本では、次に述べるようにSPMについての環境基準があって、後でPM2.5の環境基準が追加されたのです。

 かつて日本でも炭坑などの鉱山において「珪肺(けいはい)」と呼ばれる病気がありました。これは鉱物の粉・ほこりなどを多量に吸い込んだために起こる慢性の呼吸器の病気です。つまり粒子状の物質を多量に吸い込むと、肺などに溜まり、呼吸器に障害を起こすのです。鉱山でなくても、大量の粒子状の物質を吸い込むと、呼吸器に障害が起こるおそれがあります。

 

浮遊粒子状物質への環境基準

 そこで、日本では大気中の粒子状物質に対して、昭和48年に浮遊粒子状物質に関する環境基準が作られました。環境基準においては「浮遊粒子状物質とは大気中に浮遊する粒子状物質であってその粒径が10μm以下のものをいう」とされています。また、基準の中身は

 浮走粒子状物質(SPM)「1時間値の1日平均値が0.10mg/立方メートル(以降、便宜上m3と表記)以下であり、かつ、1時間値が0.20mg/m3以下であること」

 というものでした。

 しかし、医学系の研究が進んだ結果、10μmよりもっと小さい粒子のほうが肺の奥まで到達して沈着するため、健康に対する影響が大きいことが分かってきました。欧米では早くからPM2.5に対する規制が行われ始めましたが、日本では平成21年9月にPM2.5に対する環境基準が告示されました。その基準では微小粒子状物質(PM2.5)「1年平均値が15μg/m3以下であり、かつ、1日平均値が35μg/m3以下であること」とされています。

 なお、環境基本法では環境基準について同法第16条において「人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」と述べています。ですから、環境基準に定められている値は、それを超えたら危険とか、被害の受忍限度(この基準まで環境負荷を大きくしても良いという限度)といった意味合いのものではありません。その程度またはそれ以下に維持していくことが望ましいという値です。

 

 2013年に中国で見られた著しく高いPM2.5の濃度に対して、日本ではそれが高濃度のまま飛来するかもしれないとの憶測により、強い恐怖心を抱く人がいました。

 今まであまり耳にしたことのない「PM2.5」という言葉が、さながらそれまでに何度も日本を襲った「SARS(重症急性呼吸器症候群、2002年~2003年にアジア地域で流行した新型肺炎)」や「鳥インフルエンザ」などの中国発の病気と同じように感じられたのではないでしょうか? 著者のところにも、「PM2.5が付着した野菜などを食べてもだいじょうぶでしょうか?」というような問い合わせがありました。

 しかしPM2.5は細菌やウイルスとは違いますので、微量に取り込んでも体内で増殖してしまうというものではありません。外気にさらされている野菜などにPM2.5が付着することはあります。食べる前に水でよく洗えば、ほとんど落ちます。ごく少量が消化器系に残留することは考えられますが、それは循環器系や呼吸器系に影響を与えるものではありません。

 消化器、胃や腸になんらかの影響を与えるのか、これについては分かっていません。

 PM2.5は非常に小さいため、鼻毛のような人体の防御機構ではブロックできず、肺の奥深くまで入りやすいのです。したがって、濃度が高いときには呼吸器からの取り込みが問題となります。そのような時には外出を控えるとか、注意したほうがよいでしょう。

 

粒子と健康 ― PM2.5の健康への影響

 エアロゾル、特にPM2.5の健康への影響としては特に呼吸器系と循環器系への影響が重要です。

 エアロゾルにより気管の刺激、咳の誘発、呼吸障害などによる呼吸器系疾患が増加します。たとえば肺機能の低下、喘息の悪化、気管支炎の慢性化、不整脈、致死性ではない心臓発作、心臓または肺の疾患による低年齢死などの増加が心配されます。

 米国のEPA(環境保護庁)はPM2.5に対する短期的な高濃度暴露によって循環器系の疾患(不整脈など)とは因果関係があり、呼吸器系の疾患(喘息など)とも因果関係がある可能性が高いと報告しています。長期間の暴露によっては、さらに小児や胎児の成長に影響を与える可能性があり、発がん性、変異原性などを示す可能性もあるとしています。

 健康影響を考える上では、より小さい粒子のほうが肺の奥まで入り込む可能性があり、粒径の小さな粒子(2.5μm以下)のPM2.5について規制するべきだという意見が強くなり、PM2.5に環境基準が定められました。

 呼吸をするとき、大きな粒子は鼻などの粘膜に捉えられ、肺の奥までは入り込みません。またガス状の物質は、個々の分子の拡散速度が速いため、気管や気管支の壁に捉えられ、タンとなって体外に排出されるので、これもあまり肺の奥までは入りません。ところが、微細な粒子になると、呼吸の際の空気の流れに乗って肺胞のなかまで入り込んでしまいます。そのため、細かい粒子状の物質は健康に対する影響が大きいのです。

 また、大きな粒子は土壌の粒子や海塩の粒子など自然起源の粒子が多いのに対して、微小粒子はガス状の大気汚染物質などから大気中での反応を経て粒子になったものが多いので、健康に害のある物質が多く含まれているということも微小粒子が健康に与える影響が大きい理由の1つです。

 アメリカなどではPM2.5の粒子の規制が早くから行われています。米国でPM2.5が規制されたきっかけは、大気中の微粒子濃度と死亡者数との相関が調査されたとき、PM2.5濃度がPM

10濃度よりも死亡者数と高い相関をしめすと報告されたことです。

 これは、より小さな微粒子のほうが健康におよぼす影響が大きいということになります。そのため米国ではPM10については長期的な曝露と健康との因果関係が見られないと言うことで、1年平均濃度の規制値を2006年から廃止したくらいです。米国の基準では24時間平均値でPM2.5=35μg/m3以下、年間平均値ではPM2.5=15μg/m3です。日本でもこれと同様の基準が定められたのでした。

 

粒子と健康 ― PM2.5と発がんリスク

 ところで、2013年10月に世界保健機関(WHO)の専門組織、国際がん研究機関(本部フランス・リヨン、IARC)は、微小粒子状物質「PM2.5」など大気汚染物質による発がんリスクを、5段階の危険度のうち最高レベルに分類したと発表しました。同機関は過去数十年にわたり、100万人以上を対象に研究を実施したうえで、汚染された空気と肺がんなどの発症に「十分な科学的根拠がある」と結論付けたものです。2010年に世界で22万3000人もの人が汚れた空気を原因とする肺がんで死亡したと推計しました。

 しかし、現時点では、がんでなくなった方の発がんの原因がPM2.5であったと断定するだけの根拠を得るのはなかなか難しいのではないかと思います。今後研究が進み、原因の特定が容易になるとともに、その発がん原因をなくすための対策が広まることを期待するものです。

 

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