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[浜 矩子氏インタビュー1] 円高は日本経済の成熟度の証

『THE21』2012年2月号より 》

昨年、1$が80円を割り込んで、いまや1$=70円台が見慣れた光景になった。
この長期化した円高を日本経済低迷の原因として挙げる人は多い。
しかし、日本は経済の低迷が続き、財政的にも危ういといわれているのに、なぜ「円高」になるのか、疑問に思っている人も多いに違いない。
そこで、現在の円高を言い当て、「1$=50円時代」の到来を予測する経済学者・浜 矩子氏に、円高のメカニズムと、来たるべき「新しい通貨の時代」についての展望を語っていただいた。

 <取材:村上敬/写真:永井浩>

「冷静にみれば、円の価値が上がることは日本経済の成熟度の証にほかなりません」

 

その国の国力が増せば通貨が強くなるのは当然

 「遅かれ早かれ、1$=50円の時代がやってくる」。昨年、私が投げかけたメッセージに多くの方々が注目して下さり、おかげさまで拙著『「通貨」を知れば世界が読める』(PHPビジネス新書)がベストセラーとなりました。正直なところ、これほどまでに話題になるとは私自身は思っていませんでした。有難いことですが、それにしても、多くのメディアがひたすら一様に、1$=50円になると日本が崩壊するかのような悲観的な取り上げ方をすることには、疑問があります。

 もっとも、日本の景気が低迷しているのになぜ円高になるのか、という疑問をお持ちの方は多いでしょう。たしかにバブル経済以降の約20年ものあいだ、日本経済は低迷が続き、財政赤字は膨らむ一方でした。いまや世界第2位の経済大国の地位を中国に奪われ、日本経済はその存在感を失いつつあるようにみえます。

 しかし、日本はいまなお世界最大の債権国であり、だからこそ今回の大震災で未曾有の国家危機に直面しても、円安へのシフトが起こらなかったのです。冷静にみれば、円の価値が上がることは日本経済の成熟度の証(あかし)にほかならず、日本が債権大国化の道を歩むなかで、為替が円高に進むのは、当然の帰結ともいえます。

 その国の貨幣が通貨としてどれだけの力をもつかは、「通用性」によって決まってきます。「通用性」は、「購買力」と言い換えることもできます。「この通貨なら受け取っても大丈夫だろう、もっていれば幅広く使えるだろうと、多くの人に認識してもらえるかどうかによって、通貨の値打ちは決まってくるのです。

 その意味で、いわゆる「基軸通貨」は、その時代に世界でもっとも「通用性」がある通貨だということができます。通貨の強さは基本的に国力と一致しています。経済的に発展しており、破綻する心配もない国の通貨のほうが、赤字だらけで経済が低迷している国の通貨よりも高く評価されるのは当然です。もちろん、政治の混乱などによって一時的に極端な動きをすることもありますが、長い目でみれば通貨の価値は、理屈どおりに動く性質をもっています。このことを考えれば、アメリカの国力が低下し続けている現実がある以上、基軸通貨といわれてきたドルの下落が止まらないのは当たり前なのです。

歴史は繰り返す基軸通貨のジレンマ

 じつは、基軸通貨としてのドルの暴落は、いまに始まったことではありません。それは1971年の「ドルと金の交換停止」、いわゆる「ニクソン・ショック」にまでさかのぼります。

 1783年に独立戦争に勝利しイギリスから独立を果たしたアメリカは、第二次世界大戦後、アメリカのニューハンプシャー州ブレトンウッズで開かれた「ブレトンウッズ会議」において、基軸通貨の座を手中に収めました。このとき、世界の貨幣用の金の3分の2を保有し、金本位制を維持するアメリカの通貨・ドルで、他国(IMF諸国)の通貨価値を決める枠組みができたのです。

 その後アメリカは、第二次世界大戦後の世界において、その軍事力とともに、経済力においても突出した強さを誇る“超大国”として世界に君臨することになりました。世界中の国と人がドルを欲しがり、そのドルでアメリカから物を買いたがりました。いわゆる「パックスアメリカーナ」の時代です。

 しかし、各国がアメリカの製品を買うことがひと段落すると、次はアメリカに製品を売る国が増えてきました。それらの国々はアメリカに製品を売ってドルを貯め込みましたが、その結果しだいにドルがダブつき、暴落の恐れが出てきました。そこで、ドルをもつ国々はアメリカに対して、自分たちのもつドルと金を交換せよと要求するようになります。

 金が大量に国外に流出していく事態に危機感を強めながらも、アメリカは成長が鈍化した国内経済を活性化させるため、通貨乱発の誘惑にかられることになりました。それが先に述べたニクソン・ショックによる金本位制からの離脱です。

 じつはこれは、かつての基軸通貨であったイギリスのポンドが辿った道と同じです。基軸通貨は、いつの時代も「通用性の拡大」と「希少価値の維持」というジレンマを抱える運命にあるのです。

 しかし、ニクソン・ショックが起きても、急激なドル離れは起きませんでした。その理由は、日本をはじめ各国が急激なドル安を望まなかったからです。日本やドイツのような輸出大国は、自国通貨がドルに対して安いほうが有利だということもありましたし、加えてドルを貯め込んだ各国が、その価値の減少を恐れたという面もあります。そうした国々の事情や思惑を背景に、その後もドルは国際的な通貨として使われる状態が、40年近くも続いてきたわけです。

 もちろん、本来の通貨の価値を決定づける国力が低下している以上、騙し騙しの状態が永遠に続くことはあり得ません。85年のプラザ合意によるドル高の是正、87年のブラックマンデーを経てドルは下がり続け、そして2008年のリーマン・ショックによって、基軸通貨としてのドルは、事実上引退勧告を受けました。それが、現在起きている「アメリカ財政危機」につながっているのです。

 ここまでの出来事も決して軽微ではありませんでしたが、これからはさらに大きな変化が起こるでしょう。お湯を張ったバスタブの栓を抜くと次第に水位が下がってきて、最後の水は「シュルルンッ」と勢いを増して吸いこまれていきます。「基軸通貨ドルの最期」のイメージはこれに近い。いまのドルについて終焉を感じさせるような変化がみえないからといって、決して油断はできないのです。  〔(2)につづく

  

浜 矩子

 (はま・のりこ)

同志社大学大学院教授

1952年、東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。1975年、三菱総合研究所入社。以後、ロンドン駐在員事務所長兼駐在エコノミスト、経済調査部部長などを経て、2002年より同志社大学大学院ビジネス研究科教授を務める。専門はマクロ経済分析、国際経済。
主な著書として、『グローバル恐慌』(岩波新書)、『ドル終焉』(ビジネス社)、『1ドル50円時代を生き抜く日本経済』(朝日新聞出版)、『「通貨」を知れば世界が読める』(PHPビジネス新書)などがある。


◇掲載誌紹介◇

『THE21』 2012年 2月号

「2012年こそ元気を出して、業績を上げよう!」と年頭に誓った方も多いことでしょう。しかし、管理職やリーダーだけが意気込んだところで、部下がついてこなければ空回りに終わってしまいます。そこで、今月号の特集では、どうすれば部下のやる気を引き出すことができるのか、どうすれば職場に活気が出てくるのかについて、実績ある経営者の方々のご意見を交えて考えてみました。リーダーの方もこれからリーダーをめざす方にも役立つ情報満載です。

 

THE21

 

BN

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