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経済の複雑な問題を「自分の頭で考え抜く」ためのヒント

伊藤元重(NIRA理事長/東京大学大学院教授)

2012年05月01日 公開 2022年11月02日 更新

経済の複雑な問題を「自分の頭で考え抜く」ためのヒント

TPPと食料自給率の関係や電力料金をめぐる問題など、震災で明らかになった日本経済の弱点。東京大学で経済を学び、現在は総合研究開発機構(NIRA)の理事長を務める伊藤元重氏が、経済学の視点から日本経済を見直す。

※本稿は、伊藤元重 著『日本と世界の「流れ」を読む経済学』(PHPビジネス新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「経済政策」を読み解く視点

TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉に参加すべきか否か。消費税の引き上げに動くべきか否か。こうした国論を二分するような問題が突如浮上してきた。

これらの問題についてはどんなに議論を尽くしたからといって、賛成か反対かのどちらか一方に議論が収斂することはなさそうだ。だからといって、問題を先送りしていくわけにもいかない。TPP問題を先送りするということは参加しないということになるし、消費税の議論を先送りするということは消費税の引き上げを当分しないという結果になるからだ。

こうした難しい問題についてきちっと道筋を示し、そして必要があれば国民の判断を仰ぐというのが政治の本来の機能であるはずだ。はたしてそうしたことになるのか、これからの動きが注目されるところだ。

私自身は、TPP交渉に参加すべきだし、一刻も早く消費税の引き上げをすべきだと考えている。TPP参加や当面の消費税率切り上げで日本が抱えている問題が解決されるということではない。

しかし、日本社会を開放してグローバル経済の中での日本の進むべき道を確保しておくことが、日本経済が活力を持つ唯一の方法である。また、高齢化社会の中で持続性のある財政制度や社会保障政策を確立することなく、日本の将来はないと考えている。

TPPへの参加や消費税の引き上げというような課題もこなせず、どうして開放社会を確立し、持続性のある財政制度を堅持することができるだろうか。

経済政策の誤りは、市場からノーを突きつけられる。1990年代末に日本が経験した金融危機は、旧来型の金融システムを守ろうとした微調整の対応に市場が突きつけたノーである。

バブル崩壊後の経済停滞の中で、日本は企業も国民もそして政治も非常に内向きになってしまった。隣国の韓国などに比べて自由貿易協定の取り組みで遅れていることはその象徴だ。経済が内向きになっていると、その経済は活力を失っていく。それがグローバル経済の現実である。

現在の農業が抱える様々な問題も、日本の農業政策の欠陥に対して、市場が提示するイエローカードである。TPPへの参加に農業関係者は強く抵抗を示しているが、これを械会に日本の食料や農業のあるべき姿を徹底的に論議すべきなのだ。それも農協や農業関係の政治家・官僚など、農業村のインサイダーだけでなく、国民目線での論議が必要である。

制度や政策の不備に対して市場が突きつける最大規模のノーは、財政破綻である。幸い、まだそうした事態にはなっていない。しかし、欧州で起きていることを教訓として、政策担当者も国民も、市場の声には敏感でなくてはいけない。

市場は神でも悪魔でもない。私たちの経済運営や政策を映し出す鏡であり、そこに制度や政策の問題点も映し出されるのだ。

 

「食料自給率向上」こそがリスクになる?
~震災後の物不足からの教訓~

東日本大震災と原発事故の直後、東日本でペットボトルの水が大幅に不足した。多くの消費者が買いだめに走ったことが大きな原因だが、需要に供給が追いつかない状況が続いた。そこで威力を発揮したのは、海外からの輸入であったと聞いている。

国内で供給が追いつかなければ、海外から輸入するしかない。これは水だけではない。乾電池などでも海外からの緊急の輸入増加があったはずだ。輸入のチャネルを確保しておくことは、いざというときのために必要だ。

こうした視点から見れば、これまで日本で行われてきた食料の安全保障のあるべき姿について、もう一度きちっと見直す必要がある。これまで農業関係者の中には次のような意見があった。

「日本の食料の自給率があまり下がることは好ましくない。海外からの食料供給が絶たれるようなことがあっても困らないように、国内に安定した農業生産力を確保しておくことが必要だ。そのためには、海外からの安価な農産物の輸入によって国内農業が被害を受けることがないように、貿易自由化には慎重にならなくてはいけない」という意見だ。

「日本の国内の供給力を強化すべきである」というところまではいい。しかし、そのために「貿易自由化には慎重にならなくてはいけない」という点がおかしい。

この議論には、あたかも国内供給力さえ強化しておけば安心、という誤ったリスク評価がある。食料供給が絶たれるリスクは、国内にも海外にもある。

国内で供給不安が起きれば、海外からの輸入をフル活用しなくてはいけないし、海外からの輸入が困難になるような事態であれば国内での供給に頼るしかない。だから、貿易自由化に慎重であるという姿勢は、国内供給リスクへの対応としては間違っているのだ。

国内生産を強化するというのはよい。そのための正しい政策手法は、輸入障壁によって競争力のない農業の延命をはかることではなく、競争力のある国内農業へシフトするような補助金政策を導入していくことだ。

そして同時に、豪州や米国などの農業国との貿易関係を強化し、海外からの輸入のパイプを太くしなくてはいけない。可能であれば、商社などが中心になって、海外で食料生産を行う農地や食品会社への投資なども進めていったらよいだろう。だからこそ、これらの国々とEPA(経済連携協定)の交渉を進めていくことが必要となる。

大きな震災を経験して、改めて確認されたことは、頼りになる隣人を多く持つことの重要性だ。日本の国内だけですべて完結させようとすれば、日本は巨大なリスクを抱えることになる。

せっかく少し進み始めたかに見えた日本の開放政策も、震災で停止状況である。大きな災害のあとはどうしても国民は内向きになりがちだ。

この大変なときに自由化協議など無理だ、と考える人もいるだろう。しかし、震災の本当の教訓は、日本をもっと積極的に開き、そして海外の多くの国と良好かつ強固な関係を築くことである。

【視点】
「自給率を上げれば日本の食料問題は解決する」という論は震災によって崩れ去った。
「頼りになる隣人」を持つことも考えるべきである。

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電力料金引き上げをタブー視してはいけない ~「不便だから、むしろ料金を上げてみる」という逆転の発想~

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