1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 瀬戸内海の「島の命」を守り続ける船の病院“済生丸”

社会

瀬戸内海の「島の命」を守り続ける船の病院“済生丸”

坂本光司(法政大学大学院教授),坂本光司研究室

2014年08月04日 公開 2022年07月14日 更新

「命をつなぐ手がかりの船」

2012年10月、済生丸に乗船し、男木島への診療に同行しました。島に着いてまず目についたのが空き家です。男木島では島の人たちの高齢化が進み、最近では島の人口が180人を切りました。全員が顔見知りです。

島での最年少者は27歳。つまり赤ちゃんから学生まではいません。保育園や幼稚園から高校まで学校がありません。一家で島から出て行ってしまうのです。婦人会は70~80歳が中心で、60代が2人いるだけです(2014年4月、島の学校が再開しました)。

島の人たちは、「この島に住んでいたい」「ここで生きていたい」という願いがあります。そのため、お互いに支え合って暮らしています。

そこには、島から離れられない現実がありました。やがてくる日本の未来図、そのものなのです。男木島の人たちから直接、話を聞いて、済生丸に対する信頼が高く、済生丸そのものが島の文化になっていることを強く感じました。

島の人たちは、「島まで来てくれるので、時間とお金がかからずに助かる」「病気の早期発見、早期治療ができる」「検査結果からどうしたらいいか指導してもらえる」「命をつなぐ手がかりの船」「何よりもありがたい」と口々に話していました。

男木島には週に数回、島の診療所に医師が来ています。しかし、診療は15時から16時40分までで、最終の17時の船で帰らなければなりません。短時間なので、寝たきりの人がいる家へ往診に行くと、数人しか診療ができません。

1人暮らしや高齢者が多いため、地域住民がお互いに助け合えなくなってきています。寝たきりの人や体の不自由な人を病院へ連れて行ってくれる人がいないのです。

2012年12月には、済生丸に乗船し百島へ同行しました。検診の受診者が18人、ほとんどが70代で、済生丸を見て、だんだん畑から慌てて検診に駆けつけた人もいました。

島の人たちは年数回来る済生丸を心待ちにしているのです。検診に訪れた1人は、「癌を見つけてもらって助かった。命拾いをした」と話していました。済生丸が島の桟橋から出航するときに、島の人たちが名残を惜しみ、いつまでも、いつまでも手を振って見送っていた姿が忘れられません。

島の人たちは、済生丸がやってくるのを楽しみにしています。島の人たちと医療スタッフは、50年にわたる歳月によって、深い絆で結ばれています。医療スタッフ、ボランティア、島の人たちが。済生丸を心から愛していました。1人の患者のカルテが10年、20年となり、その分厚いカルテが歴史を物語っています。

済生丸と島の人たちとの絆のなかで、検診を受けることが暮らしの一部、年中行事となっていて、島の人たちには欠かせない存在になっているのです。また、済生丸へ検診を受けに来ることで、家に1人でいることが多い人たちにとっても。数少ない交流の場となっています。済生丸は、瀬戸内海の島の人々の心をつなぐ役割も果たしているのです。

 

50年目の「存続危機」

済生会は2011年5月30日に創立100周年を迎えました。その際、50年前に始まった済生丸事業をこのまま継続するか、中止するか、大変激しい議論が交わされました。

済生丸の事業費は、これまで約42億円かかっています。事業も半世紀を超え、長きにわたり済生会の原点である「生(いのち)を済(すく)う」という考えのもと、「利他の心」で実施されてきました。

しかし、その長きにわたる済生丸事業も、数多くの問題を抱えながらの活動でした。配船計画や船の管理、支部・各病院の相互の連携、海をわたる診療船という特殊性による潮湿や振動の影響による医療器の管理、事業資金の捻出など、解決しがたい大きな困難が多かったのです。

そしてさらに、1990年2月15日に就航した3代目「済生丸三世号」が20年を超え、廃船の時期を迎えたのです。船の寿命は15年から17年です。早急に4代目の建造をしなくてはなりません。多額の活動資金が重くのしかかり、2011年より済生会本部からの負担金が打ち切られることになりました。

済生丸を維持するには、船員の給料や燃料費など、船の運航費だけでも年間6000万円もの多額の経費がかかります。医療スタッフの人件費や診察材料費なども入れると、2倍の1億2000万円もかかるのです。そのうち国の補助金が3000万円、関係4県の補助金が2200万円、残りは済生会の負担です。

議論の末、最終的に済生会本部直轄ではなく、岡山、広島、香川、愛媛4県それぞれの済生会の自主的判断に任せるという結論に至りました。

事業存続の危機に陥った支部岡山、広島、香川、愛媛県済生会でしたが、「島がある限り、そこに人が住んでいる限り、我らは行かねばならない」という4県の済生会病院の院長先生たちの熱い想いと、岡山県の岩本一壽支部業務担当理事(当時)の大きな後押しもあり、不足する維持費や人件費を負担し、共同事業として実施し続けていくという結論に達しました。

本部からの負担金がなくなり、財政は大変厳しい状況になっています。4県の済生会が、済生丸の運営に各500万円ずつ、年間2000万円を負担しています。これには診療班の人件費や診療材料などの経費は含まれず、関係病院が持ち出しています。

この他、船の運航・維持費は大きな負担となっています。2014年度から本部負担金(1000万円)が得られることとなっていますが、国や県からの補助金がなくなれば、済生丸は運航をやめざるを得ないのです。

豊富な医療を選択でき、その恩恵にあずかる地域に住む私たちには、島民の命を守る済生丸を存続させる「責任」と「使命」があるのではないでしょうか。

 

次のページ
4代目済生丸、通称「済生丸100」が2014年に運航開始

関連記事

アクセスランキングRanking

前のスライド 次のスライド
×