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発売日:2012年05月07日
価格(税込):630円
「基地攻撃ヲ取リヤメ、艦隊攻撃ニ兵装転換セヨ」。南雲司令部より空母飛龍に信号が届いたのは、午前7時45分でした。昭和17年(1942)6月5日、ミッドウェーです。偵察機より敵艦隊発見の報せを受けての、兵装転換命令でした。しかし転換には90分を要します。「敵は待ってくれない。今が勝負時だ」。第二航空戦隊司令官・山口多聞は決断し、司令部に進言しました。「現装備ノママ攻撃隊直チニ発進」。この進言こそミッドウェー海戦を、さらには戦争の行方をも左右するものでした。「兵は拙速を尊ぶ」ものの、時に犠牲を伴います。その犠牲に対する覚悟と責任が指揮官には問われます。勝ち方を忘れた日本人が今、多聞から学ぶべきものを示します。第二特集は「神々から読み解く『古事記』」です。
《 『歴史街道』2012年5月号 より》 さらに光秀自身の「動機」の数々とは このような「黒幕説」以外に、「光秀単独犯行説」でも、さまざまな要因が挙げられている。 最近、注目され...
《 『歴史街道』2012年5月号 より 》 明智光秀が織田信長誅滅を断行した動機は、いまだに日本史上最大の謎の1つである。 謎の解明が困難なのは、光秀関係の史料の多くが抹殺・改竄されてし...
《 『歴史街道』2012年4月号 より》 「人道主義の名において、私は衷心悲しむ」 昭和12年(1937)、樋口は「関東軍の情報部長」ともいうべきハルビン特務機関長になります。そしてこの地で...
《 『歴史街道』2012年4月号 より》 その生涯において、3度もの「奇跡」を起こした樋口季一郎。彼はどんな状況においても、「日本人として大切にすべき人道」と「合理的な思考に立脚した正しい決断...
《『歴史街道』2012年2月号より》 宋人たちの目を瞠(みは)らせた清盛の美 嘉応元年、すなわち西暦にして1169年の頃、瀬戸内の波はどのような色をしていたのだろう。 恐らく...
《 『歴史街道』2012年3月号 特集「関ケ原籠城列伝」 より 》 籠城戦を見ずして、関ケ原は語れず 天下分け目の戦い。この言葉からは、ほとんどの人が慶長5年(1600)9月15日の関ケ原合...
《 『歴史街道』2012年3月号 特集「関ケ原籠城列伝」 より 》 あの大群が関ケ原に現れれば… 関ケ原本戦に影響を与えたという点では、何といっても、敵大軍の本戦参加を阻止した籠...
《 『歴史街道』2012年2月号 より 》 「海から日の本を変えようぞ!」 不安と悲観に覆われた平安時代末期。それまで絶対的なものとされていた貴族や宗教の権威も「武力」をもって凌駕...
《 『歴史街道』2012年2月号 より 》 平家が源氏によって滅ぼされたため、歴史上、悪人のレッテルを貼られた平清盛。しかし、そのスケールは鎌倉幕府を開いた源頼朝を遥かに凌ぐ。なぜ清盛は旧弊...
《 『歴史街道』2011年9月号「特集・平泉と奥州藤原氏」より 》 平泉が持つ真の価値 今年6月、岩手県平泉町の中尊寺、毛越(もうつう)寺、無量光院跡、観自在王院跡、金鶏山が世界文化...
《 歴史街道 2011年8月号(7月6日発売)総力特集「加藤隼戦闘隊」より 》 "加藤隼戦闘隊"元隊員からの葉書 今から10年前の平成13年(2001)、私が翻訳した『日本陸海軍のエース 一...
派手で奇抜な衣装を身に纏(まと)い、 傍若無人(ぽうじゃくぷじん)な振舞いをする者が、 鎌倉末期から南北朝の動乱期に登場する。 人は彼らを「ばさら者」と呼んだ。 庶民が喝采を贈った彼ら...
「遊ぶなら児玉将軍のように遊ぶべし」。児玉源太郎の花街における評判である。 大体、名士などという者が花街で遊べば、我が物顔で威張り倒し、あげくに権勢を笠に着て名妓に言い寄る始末。芸妓から...
長宗我部元親の野望 その1 《歴史街道より》 土佐を平定した元親(もとちか)は、続いて四国の覇権を狙い、破竹の勢いで阿波を席捲、さらに讃岐、伊予を窺う。驚いた信長は一大遠征軍...
2011年10月、玄海原子力発電所の再稼働をめぐる「やらせメール」問題について、第三者委員会の委員長である郷原信郎氏に伺った。
「GreenWorkplace」で実現する「節電でも成果が挙がる働き方」 東日本大震災による影響で、東日本を中心に全国的に節電に取り組む必要が出てきた...
フィクションとリアルの混同とは何か。サブカルチャーに精通する精神科医が、映画、漫画、小説などから読み解く現代世相
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