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原発事故によって避難を余儀なくされた人たちの「今」 〈1〉

2016年02月10日 公開
2023年01月12日 更新

藻谷浩介(日本総合研究所主席研究員)

 

 現在、私どもは広域分散避難をいたしまして、県内に約1万4,500人、県外に約6,500人が避難しています。その中で、どうしても住民票を移さなくてはならないという方々が若干増えてきました。町にとっては絆が断たれることになるので非常に残念に思いますが、若い方が就職をするためだったり、お子さんをこれ以上転校させたくないということだったり、もろもろの事情があります。

 町では、町民の交流を深め、絆を強めていくために、タブレット端末を配布し、活用しています。お孫さんの顔を見ながら電話ができるということで、高齢者の方にもとても喜ばれています。町民の孤立を防止するため、個別訪問事業も行なっています。

 それでも、避難が長期化することで、諦め感も出てきています。要介護、要支援の人は、平常時の2.5倍の速さで増えています。震災関連死をされた方も、375名に上っています」(馬場氏)

 選挙を終えたばかりということで、「広域分散避難をしている状況では選挙活動も大変でしょう」と藻谷氏が尋ねると、「昔の参院選の全国区みたいなものですよ」と馬場氏は笑う。投票率は56%と全国的に見れば高いが、平常時なら70~80%もあるということだ。郵送による投票は、通常、投票日の1週間前から各地の選挙管理委員会で受けつけるが、浪江町長選では特例として10日前からできる。しかし、手続きが煩雑だったり、住民の避難先の市町村の選挙管理委員会が対応しなかったりという問題があるそうだ。

 ツアー参加者からは、「帰還できるようになっても、高齢者ばかりが戻ってきて、若い人が戻らなければ、高齢化問題が一層深刻化するのではないか」という質問が出た。これに対して馬場氏は、「20~30代でも、戻りたいという人の割合が以前より高くなってきています。『もしかしたら帰れるのかも』と思う気持ちが徐々に現われてきているのではないでしょうか。そういう気持ちが強くなるよう、学校も再開させ、住民が帰還できる状況を作っていきたい」と答えた。国は2017年3月に避難指示を解除する方針を浪江町に伝えている。

 最後に藻谷氏がコメントをする。

「世の中には、ここには絶対に町ができるという、地の利ある場所があるものです。浪江はまさにそう。親潮と黒潮の出会う豊かな漁場に面した請戸漁港があり、肥沃な海岸平野もあり、福島市方向から谷沿いに阿武隈山地を越えてきた街道がここで海岸に出るという交通の要でもある。残念ながら、今回はその谷を放射性物質を乗せた風が遡っていって内陸側が強く汚染されてしまったわけですが、海に近い側は、もう生活に支障がないレベルにまで線量が下がってきています。線量が下がれば、人が住まない理由がない。『昔、浪江でこんなことがあったんだよ』『えっ、そうなの!?』という会話が交わされる日が、いずれ必ず来ることを確信しています」(藻谷氏)

 バスに戻ったツアー参加者に、藻谷氏が補足の解説をした。

「町長が震災関連死375名とおっしゃいましたが、住民同士のつながりの強い町ですから、そのお一人ずつの顔がわかるのだろうと思います。玄関ホールに請戸小学校の黒板が展示されていました。請戸は地震と津波で大きな被害を受けた地域です。津波の直後に倒壊した家屋を掘り起こして救助活動をしていたら、原発事故による避難指示が出されて、目の前の瓦礫の中で呻いている人を助けられなかった。そんな悲劇が起きたことを、彼らは絶対に忘れないでしょう」(藻谷氏)

 


浪江町役場二本松事務所の玄関ホールに展示された請戸小学校の黒板(レプリカ)の説明板

 

〈2〉へ続く》

 

《写真撮影:まるやゆういち》

著者紹介

藻谷浩介(もたに・こうすけ)

〔株〕日本総合研究所主席研究員

1964年、山口県生まれ。日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)、米国コロンビア大学留学などを経て、現職。2000年頃より地域振興について研究・調査・講演を行なう。10年に刊行した『デフレの正体』(角川新書)がベストセラーとなる。13年に刊行した『里山資本主義』(NHK広島取材班との共著/角川新書)で新書大賞2014を受賞。14年、対話集『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社)を刊行。

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